そんなとき、島に噂が流れた。

「和子と菊一郎は、本当の夫婦じゃない。どちらにも本当の夫、妻がいたが、空襲で生き別れたようだ」

ヤシの実で造った酒を飲みながら、男たちは和子の「夫」である菊一郎に激しい嫉妬の念を募らせた。

島でリーダー的存在だった田中秀吉は危機感を覚え、和子と菊一郎を離れた場所に避難させたが、性に飢えた男たちの暴走を止めることはできなかった。

アナタハンの女王、比嘉和子
アナタハンの女王、比嘉和子(画像=朝日新聞社/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

和子を狙い、次々と命を落とす男たち

最初の惨劇は1946年(昭和21年)に起きた。きっかけは、2人の男AとBが島に墜落していたB29の残骸から、ピストルを入手したことだった。

ある日、この2人組と不仲だった男が「木から落ちて」死んだ。目撃者はAとBだけ。遺体は発見されなかった。

2人はピストルを使って和子を脅し、それぞれ自分の「妻」となることを要求した。和子はそれに従ったが、その後AはBに射殺され、その後Bも海に転落して死んだ。

そして、菊一郎も食中毒で死んだ。食事を作った第3の男Cは、AとBが所有していたピストルを持っていた。Cも和子を脅し、男女の関係となった。

その後も、島で不審死が途絶えることはなかった。リーダー・田中秀吉は「会議」で和子の夫を決めることを提案したが、それが無理であると分かったとき、究極の解決法が示された。

「争いの火種を消す」という最終決断

それは「和子殺し」だった。最初の殺人から5年、島の男は19人になっていた。終戦の混乱から生じた権力の空白地帯にあって、犯罪を裁く力はどこにもない無法地帯だった。

明日、和子の処刑が行われるという日の夜、和子のもとにオオタニワタリの葉に鉛筆で書かれたメモが投げ込まれた。

「スグニゲロ。殺される」

和子は飛び起き、逃げた。ジャングルのなかに身を隠し、33日後、アメリカ船を見つけ、あらん限りの手を振った。1950年(昭和25年)、和子は帰国した。

“男を狂わせる魔性婦”として生きた和子

別冊宝島編集部 編『日本の未解決事件100 犯罪から読み解く「昭和」「平成」「令和」史』(宝島SUGOI文庫)
別冊宝島編集部 編『日本の未解決事件100 犯罪から読み解く「昭和」「平成」「令和」史』(宝島SUGOI文庫)

和子の帰国から1年後、島に残された男たちが帰国すると、愛欲の闘争が繰り広げられた「アナタハン島事件」はすっかり有名になり、男を狂わせる魔性婦として、和子は好奇の視線にさらされた。

和子のブロマイドが売り出されると飛ぶように売れ、和子自身が主演する映画『アナタハン』も製作された。

だが、ブームが収束すると、和子は流転の人生を送る。ストリップ劇場の踊り子や仲居をつとめたあと、故郷の沖縄に戻り再婚。1974年(昭和49年)、52歳で数奇な人生の幕を降ろした。

なお、2010年(平成22年)に公開され、人気を博した映画『東京島』(桐野夏生原作)は、この事件がモデルとなっている。

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