50代半ばで白髪染めをやめたという女優の川上麻衣子氏。肩肘張らない、素敵な年の取り方とは――。

白髪の姿をすぐには好きになれなかった

私はもともと見た目を過剰に飾ったり、アンチエイジングに凝ったりするタイプではありませんでした。化粧もどちらかというとシンプルで、ナチュラル志向でしたから。けれども40代半ばを過ぎたあたりから、そうとも言っていられなくなりました。意図せぬ角度から撮られた写真や映像を見て「ああ、今の私はこんな顔をしているんだ」と、現実を突きつけられることも増えました。

川上麻衣子さん
川上麻衣子 Maiko Kawakami
女優、ガラスデザイナー。1966年、スウェーデン生まれ。14歳でデビュー後、数々のテレビ、映画、舞台に出演。愛猫家であり、「ねこと今日 neko-to-kyo」代表理事。千駄木に「SWEDEN GRACE」とサロン「まいの間」を構える。著書に『彼の彼女と私の538日 猫からはじまる幸せのカタチ』(竹書房)など。

若い頃は、どこかで「年を取ることは失っていくこと」だと捉えていました。肌に張りがなくなる、体力が落ちる、できないことだけが増えていく。そうした変化に抗おうとする気持ちは、私にも少なからずありました。ただ、50代に入ったあるとき、ふと「これはずっと闘い続けるものではない」と思うようになりました。すべて美しくありたいと望んだところで、キリがないからです。

「開き直った」のとは違います。何もせずに、ただ「流されるまま」にしたのでもありません。むしろ、変化をどう受け入れ、どう心身を手入れし、年を取ることとどう付き合っていくべきかを、以前よりも真剣に考えるようになりました。年を取るのは失うことだと諦めるのではなく、自分なりに手を入れながら、自分らしさとうまく付き合っていくようになったのです。

白髪染めをやめたことは、象徴的な出来事でした。私の場合、見た目の変化が多く表れる55歳前後が、コロナ禍で外出自粛やマスク生活が続いた時期と重なりました。自粛が明けて仕事を再開したときに、化粧のりがコロナ以前と違うと痛感したのです。こうした変化を感じたときに、前々から白髪染めにかかる手間と時間が煩わしくもありましたし、髪や頭皮によくないことも感じていたので、思い切って染めるのをやめてみました。

白髪染めをやめてみて、最初から「このスタイルも悪くない」と気に入ったわけではありません。鏡を見るたびに違和感を覚えたり、「老けて見えるのは嫌だな」と感じたりもしました。移行期間は黒髪と白髪のバランスが悪く、中途半端にも見えます。けれど、しばらくしたら慣れました。結局のところ、慣れてしまえば、ありのままの変化を受け入れるようになり、肩肘張らずに振る舞えるようにもなります。

またお芝居では、白髪を黒髪に見せるのはカラースプレーを使えば簡単にできるのですが、一方で黒く染めた髪を自然な白髪に見せるのは難しい。それなら、私は普段は白髪にしておいて、必要に応じて黒くするほうが役の幅も広がると考えるようになりました。お母さん役やおばあさん役が増えてきたことも、グレーヘアに移行できた理由の一つかもしれません。

気分の問題で言いますと、周囲に対して「私は年を取ることを隠さない」というスタンスを明確にできたことは、かなりポジティブに作用しました。女優という仕事柄、見られることを意識せざるをえませんが、その重圧から解放されたのです。「私も白髪染めをやめたんです」と声をかけてくださる方もいて、周りの方の力になれたのかもしれないと嬉しくも思います。

しかめっ面になるからスマホはいじらない

今の私にとって「老いと向き合う」というのは、取り繕って若く見せることではなく、実年齢の見え方を自分なりにコーディネートすることです。

これは、男性にも当てはまるのではないでしょうか。たとえば、薄毛を必死に隠そうとすると、逆に周囲は気にします。年齢相応の薄毛をコンプレックスに感じているのは、日本人くらいかもしれません。私が男性なら「さっぱりしていいんだ」と剃ってしまうと思います。昔、長髪がトレードマークだった松山千春さんがスキンヘッドにされたときは衝撃的でしたが、今は素敵な「色気」を感じます。

女優には、美容に莫大な努力と費用をかけて、実年齢からは信じられない若さを維持されている方もいらっしゃいます。一方で、樹木希林さんや市原悦子さん、吉行和子さんのように、年齢を重ねるほど演技に凄みが増して、独特の存在感を放っていた先輩方もいらっしゃいました。舞台や映像では、その年齢だからこその役を深みのある表現で演じながら、プライベートでお会いすると、華があって凛としている。私は、ああいう年の取り方ができたらいいと、いつも憧れを抱いていました。時間と経験を積み重ねることで備わる余裕が、その人ならではの味わいになっていくのだと思います。