見どころのある人は常務止まり

かつて戦争に突っ走った苦い経験から、日本人は戦後、「リーダー」と「エリート」をずっと否定してきた。しかし、これからの経営者はリーダーであるべきだ。リーダーは人の意見を聞くが、決断は自分で下す。そして責任はすべて自分で負う。経営のプロと言い換えてもいい。

しかし、日本には、経営のプロがあまりにも少ない。一部上場企業の経営者は、極端に言えば新入社員が年を取って経営者になったというだけのもの。古びたサラリーマンにすぎない。

例えば、スイスのダボスで年に1度、世界経済フォーラムの総会が開かれる。世界のトップ経営者や国際的な政治指導者が集まる会議だ。これに出席する経営者は皆、CEOのプロだ。

CEOのプロとは、A社でCEOを務め、次いでB社に乞われてCEOに就き、さらにC社へという具合に世界のトップ企業を渡り歩いて功を成した人々だ。日本にはそういった経営のプロはいない。新入社員から持ち上がったサラリーマン経営者が多い。そこが問題なのだ。

僕はこれまで、様々な企業の取材を重ねてきた。この人は見どころがあるなと思える人物は何人もいた。しかし、そういう人はたいていトップに登りつめることなく、常務あたりで止まってしまう。

なぜか。僕がこれはいいと思う男は、チャレンジをしている。営業成績を飛躍的に伸ばしたり、新しいものや仕組みを開発したり。チャレンジには失敗がつきものなのだが、日本の企業はこれを嫌う。失敗しない人、つまり冒険をしない人をトップに据えようとする。

評論家の山本七平さん(故人)が、日本は物事が空気で決まる「空気の国」だ、と言ったのはよく知られているが、経営者の選出もそうだ。気配りができて「あいつは嫌いだ」と周囲から言われない人を選ぶ。チャレンジ精神の強い、個性的な人はトップに選ばれない。