ビジネスで最重要と言っても過言ではない「営業」について教えるMBAプログラムが、ほとんど存在しないことをご存知だろうか。この過酷にして奥深い仕事の醍醐味を追究した異色の営業本、『なぜハーバード・ビジネス・スクールでは営業を教えないのか?』(フィリップ・デルヴス・ブロートン著)。著者の友人でもあるライフネット生命社長岩瀬大輔氏が「人にモノを売ると言う理屈の通用しない仕事」について語った。

人生は売り込みだ!

営業マンが書いた営業についての本はたくさんある。業界トップクラスの凄腕セールスマンが、自分の経験に基づいて書いた本はとくに多い。読むと面白いし、実際に役に立つ部分もあるのだろうが、こうした個人の「習慣」や「ルール」といったものにどれだけ汎用性があるのだろう。一方で、経営学的には営業管理というジャンルがある。訪問回数などの数字を評価分析して売上をあげるための仕組みを構築するのが目的だ。しかし営業という仕事は属人的な要素によって成果が決まるところが大きく、そのぶん複雑で矛盾に満ちている。そもそも定量的手法に馴染まない職種なのだ。だからだろう、業界や国境を越えて営業という仕事について掘り下げて書かれた本というものにはお目にかかったことがない。本書、『なぜハーバード・ビジネス・スクールでは営業を教えないのか?』はそういう意味ではきわめて珍しい本である。ハウツーでもなく、専門書でもない。しいて言えば「対話」の本だ。モロッコの土産屋、日本のセイホ営業、ニューヨークの画商など、「人に直接ものを売る」ことだけを共通点にした多くの人物との対話が縦横無尽に繰り広げられ、そのなかから営業という仕事の深さと広がり、その本質を描いている。

営業とは、つまるところ何なのか。狭義では特定の商品を金銭の対価をもらって買ってもらうことだが、ノンプロフィットの団体が寄付を集めることも営業である。ものは買ってもらわなくてもお金をだしてもらうとか、お金はだしてもらわなくても手伝いをしてもらうためにする行動も営業だ。本書ではネルソン・マンデラからダライ・ラマ、果てはイエス・キリストまで「営業マン」として登場させている。つまり営業とは、「自分の思いを相手に伝えて相手の心を動かして行動を起こしてもらうこと」なのだ。この本はアメリカとイギリスではタイトルが違っていて、イギリス版は『The Art of the Sale』、アメリカ版は『Life's a Pitch』となっている。日本語にすると前者は『営業の技法』、後者は『人生は売り込みだ』というニュアンスだ。本書の主張はアメリカ版のタイトルのほうによりストレートに現れているように思う。