アメリカによる日本の主権侵害は続いた

敗戦国の日本が戦勝国の占領統治から脱して、国家主権を取り戻す転機となった「対日平和条約(通称サンフランシスコ講和条約)」の調印がなされた直後の1951年9月8日、当時の吉田茂首相がサンフランシスコ北西の米軍施設(プレシディオ基地)を訪れて一人で署名した「日米安全保障(安保)条約」が、戦後の日米同盟の出発点だった。

この年を起点とするなら、日米同盟の歴史は、今年で74年となる。

その後、1960年1月19日の「新日米安保条約」調印(日米安保条約の改定)により、形式的には日本とアメリカが対等であるかのような体裁が作られたが、実際には「日米地位協定」などの行政分野の取り決めにより、アメリカ政府やアメリカ軍による実質的な日本の主権侵害が、さまざまな形で許容されてきた。