戦時中はビールの生産量も大きく減った

物資統制がしかれた時代(太平洋戦争前後の時代)には、ビールも生産量を大きく減らされた。ただ、契約農家が栽培するビール専用の大麦を主原料とした関係上、ビール会社に対して出された減産指示は、清酒メーカーと比べると緩やかだった。サッポロビールの社史は理由をこう説明する。

ビール大麦は食用の大麦や製粉用の小麦など一般麦類と異なり、本来はビールやウイスキーの原料専用である。〔略〕〔ビール会社から大麦栽培を委託された〕農家は水田の裏作あるいは畑の冬作として耕作しているので、基本食糧としての米の需給に影響を与えることは少なかった。

ビール会社の原料不足が深刻化したのは、ビール大麦を契約農家から直接買い入れできなくなり、また専用大麦の作付面積も規制されはじめた、1944年度以後のことだという(『サッポロビール120年史』)。

減産措置の以上のような(相対的)緩慢さから、酒類全体の生産量に対してビール生産量が占める割合は、戦争時代にむしろ大きく伸びていた。1937年度は23万キロリットルで19%だったのが、1945年度は9万キロリットルで30%に達していた(『酒のしおり』1960年度)。