大音量を気持ちよく感じる仕組み

ここまで読んで「でも大音量が気持ちいいのに」と思った人もいるでしょう。じつは大音量が気持ちよく感じられる理由は、脳科学的に解明されています。

音楽がメソリムビック報酬系(ドーパミン)とオピオイド系を刺激
fMRI(機能的磁気共鳴画像法)やPET(陽電子放射断層撮影)を用いた研究によると、音楽を聴いて「ゾクッ」とする瞬間、脳の報酬系でドーパミンという快楽物質が放出されることがわかっています(※4)

大音量が交感神経系の「心地よい覚醒状態」を作る
音量が大きいほど、脳の反応も大きくなることが示されています。ただし限度はあります。120dBを超えるような音量になると、今度は痛みや不快感を感じる神経回路が活性化します。

低音・大音量が前庭系と体性感覚を刺激し、「体ごと音に乗る」快感を生む
低音域は「音」というより「振動」として捉えられるため、耳で聴くというより体で感じる感覚に近いのです(※5)。特に90dB以上のダンスミュージックでは、体のバランスを調整する脳の部位「前庭系」が直接刺激されるという研究報告もあります。体が自然に揺れる感覚は気のせいではなく、生理学的な現象なのです。

集団での同期がエンドルフィン分泌を促し、社会的絆を強化する
大勢の人と同じビートに合わせて体を動かしたり歌ったりすると、脳内に痛みへの耐性を高めるエンドルフィンが分泌され、耳が痛くても気にならなくなりがち。さらに集団で同期することで結束感や満足感が増幅されます。「会場が一体になった」という感覚は、脳科学的にも実在する現象なのです。

※4 Ferreri L, Mas-Herrero E, Zatorre RJ, et al. Dopamine modulates the reward experiences elicited by music. Proc Natl Acad Sci USA. 2019.
※5 Todd NPM, Cody FW. Vestibular responses to loud dance music: A physiological basis of the "rock and roll threshold"? J Acoust Soc Am. 2000;107(1):496-500.

コンサートを楽しむ人々
写真=iStock.com/nd3000
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イヤホンをつけたくなる心理とは

さらにイヤホンの場合は、もうひとつの心理的要素が働きます。それは「音楽によって、周囲から自分を切り離したい」という欲求です。電車の騒音、街の雑音、隣の人の会話。これらすべてを消して、自分だけの世界に浸りたい。そのための手段が、イヤホンでの大音量聴取なのです。

心理学ではこれを「マスキング(遮蔽)効果」と呼びます。外界の雑音だけでなく、自分の中の不安や嫌な思考までもかき消すことができるのです。したがって、ストレスの多い現代人ほど、イヤホンに依存しやすい構造になっています。

しかも、電車や街中が騒がしいと、その騒音の中でもはっきり音楽を聴こうとして、知らず知らずのうちに音量が上がっていく。これが大きな落とし穴になります。

このように大音量で音楽を聴きたくなるのは、多層的な「報酬」が同時に作用しているため。生物として本能的に「気持ちいい」と感じる仕組みが総動員されているわけです。しかし、その「気持ちよさ」が、皮肉なことに耳を破壊しています。