無論父がこうして過ごせたのは家族以上に助けてくださった方々のお陰様で、この方達のお力添えが無ければ、父の最期は全然違ったものになっていただろう。同じく、父が戦後の新しい価値観の創造者として世に出、そして走り続ける事が出来たのも応援して下さった皆さんのご厚意の賜物以外の何ものでもない。改めて、私からも我儘な父がお世話になったお礼を申し上げたい。

父は表立っては余り感謝、と言う言葉は口にしなかったが、毎朝仏壇の前に深々と額突き法華経を読誦する姿は正に感謝の念を体現していた。この心持ち故に安らかに召されたのだと息子としては信じたい。

寝ずの番

さて四兄弟交代制での通夜の寝ずの番。旅先からの帰京に続く弔問客の応対、様々な手配で疲れ果て、とびきり長い蝋燭は当分消えまい、と安心してうとうとと居眠ってしまって見た夢の舞台はネパールだった。