140年前の万博で日本パビリオンに通い詰めた
1884年12月から翌年にかけて、ニューオリンズで万国博覧会が催された。当時はまだタイムズ・デモクラット社の記者だったハーンは、日本館のパビリオンに通い詰めていた。文部省から派遣されていた服部一三も、連日のように来て熱心な質問を繰り返す小柄な新聞記者のことをよく覚えている。
この頃からすでに日本に強い関心を抱いていたが、日本だけが特別というわけではない。東洋やアフリカなど、欧米のキリスト教文化とは異質の世界ならどこにでも興味がある。日本もそのひとつにすぎず、カリブ海の島々や中国のほうがむしろ関心は高かったのかもしれない。
ところが、1889年5月にマルティニーク諸島での滞在を終えて帰国し、ニューヨークに住み始めた頃にとある女性との再会を果たしたことにより、日本への関心が急速に高まってゆく。気がついた時には、最も行ってみたい場所になっていた。
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