ニューオーリンズの万博で日本文化に出会う
その地で「万国産業綿花百年記念博覧会」(1884年12月16日〜85年5月31日開催)が開かれました。
30代半ばの八雲は、東洋から唯一の参加国だった日本のパビリオンに心をひかれました。出展された織物に描かれた富士山の意匠や、古代の青銅器、陶磁器といった異文化の産物に目を開かれます。責任者だった文部官僚、服部一三(1851〜1929)と意気投合しました。彼の口から聞かされる逸話に、明治期の日本の知的レベルが垣間見え、驚きました。
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