恋愛話はしなかったが、気になっていた写真

そのころ、霞町マンションの部屋で、私が、ひとつだけ、疑問というか、うらやましく思っていたのは、帽子をかぶった向田さんのとても素敵な写真があったことだ。いまと違って、みんながカメラを持っている時代でもないし、私は写真を撮られる側の仕事をしているわけだけど、芸能人って、良さそうな写真が撮れたなと思つても、「今日の写真、出来上がったらくださいね」と、よほどしつこく頼まないと、意外と自分の写真を頂けないものなのだ。

それが、向田さんが、明らかに素人が撮ったものじゃない、すごくきれいな写真を何枚も持っていたので、(いいなあ、どうしたんだろうな)と思って、しかし、わざわざ尋ねることもなく、そのままになっていた。

そんな疑問が解決したのは、向田さんが亡くなって20年が過ぎたころ、妹さんの和子さんがお書きになった『向田邦子の恋文』で、年の離れたカメラマンの恋人がいたことを知った時だ。霞町マンションで見た写真の向田さんが、輝くようなうつくしさで、うつっていた理由がわかった。でも、向田さんは一生懸命に尽くしたのだけれど、やがて、病気がちだった恋人は自殺してしまった。そして向田さんは実家を出て、霞町マンションに引っ越したのだ。