二人の父親である高京澤(コ・ギョンテク)は、1929年に韓国の済州島から大阪へ移住してきた人物だ。ワシントン・ポスト紙は別記事で、当時大阪では韓国人コミュニティが急速に拡大しており、彼もその一員として暮らしていたと伝えている。

運命の歯車が動き出したのは1962年、高英姫が10歳になった年だった。6月、当時10歳だった英姫たち一家は、在日朝鮮人として暮らしていた日本を離れ、北朝鮮へ帰国。北部・清津(チョジュン)港へ向けて日本を発った。

在日朝鮮人の帰還事業
在日朝鮮人の帰還事業(写真=日本政府『写真公報(1960年1月15日号)』/PD-Japan-exempt/Wikimedia Commons

「日本出身は最下層になる」

幼少期を過ごした日本での経緯は、後に北朝鮮で国家機密となる。米議会が出資するラジオ・フリー・アジア(RFA)は、北朝鮮当局が高英姫の出自に関する情報を徹底的に隠蔽していると報じた。