アメリカの金融業界が相変わらず揺れている。

それはギリシャの債務危機による世界の金融界への悪影響ということだけではない。ウォール街が抱える旧来の体質が起因してもいる。その点を今月21日に上梓する拙著『なぜアメリカの金融エリートの報酬は下がらないのか』(プレジデント社)で詳述した。拙著からの抜粋をまじえつつ解説しよう。

 


 

ウォール街は何も変わっていなかった。

2008年9月のリーマン・ショックのあと、アメリカに何度か足を運んで多くのエコノミストや経済学者と顔を合わせ、コンペンセーション(報酬)とカネの流れ、さらに金融業界の現状を探った。

アメリカの金融業界の「歪み」がバブルを誘発し、そして不況を引き起こしたことは疑いようがなかった。金融機関は莫大な損失をだし、自らがその「歪み」をただすかに思われたし、期待したが、ニューヨークやワシントンで耳に入ってきたのは、ウォール街の特質は金融バブルが弾ける前と何も変わっていないということだった。もとに戻るというより、最初から根本的な行状は変化していなかったということである。それは2010年になっても変っていない。

彼らには「グリーディーバンク(がめつい銀行)」という形容がふさわしく、利益追求型の経営スタイルは金融バブル後も維持されたままである。億円単位のコンペンセーションについても、現金支給のボーナスをなくすという動きはあるものの、システムそのものに大きな変化はない。

 


 

それを象徴する出来事があった。

4月半ば、アメリカ証券取引委員会(SEC)が金融大手ゴールマン・サックスを金融詐欺の疑いがあるとして訴追したのである。それは大げさな言い方をすれば、ウォール街の金融機関のがめつさを改めるための挑戦であり、政府と金融業界との対決を意味した。

けれども、SECが金融界の雄といえるゴールドマンサックスを本当に訴追できるのか、という疑問がつきまとった。金融問題を専門にするドイツ出身の東京特派員が先月、この問題が浮上した時に述べていた。

「SECよりもゴールドマンの方が強大な力があると見た方がいいでしょう。もちろん権力の方が強いはずなんですが、アメリカ政府(SEC)による訴追はたぶん不発に終わるだろうと思います。というのも、ゴールドマンには政府を圧倒するだけの力があるということです。誰にも手なずけられない暴れ馬のようなものです。ブッシュ政権のヘンリー・ポールソン前財務長官やクリントン政権のロバート・ルービン元財務長官がゴールドマン出身者だったことでもわかるように、政府とゴールドマンの関係は今や表面にでてこない部分でたいへん『濃い』のです」

その言葉を証明するように、今月10日になって、SECはゴールドマンサックスと和解へ動き出したというニュースが流れた。あまりにタイミングがいいので、シナリオが描けていたかに思えるほどだ。

今回のSECによる訴追事件を簡単にご説明したい。

金融危機が起きる前から、ゴールドマンサックスはヘッジファンドを運営する投資家ジョン・ポールソン氏と共に、最近話題になっている債務担保証券(CDO)を顧客に大量に売っていた。このCDOという金融商品は破綻したサブプライムローンの資産を基礎にしていたため、金融危機後、顧客は多額の損失を出してしまう。

そこでSECはゴールドマンサックスが価格の下落を予兆していながら、CDOを売りさばいたとの見解に立った。顧客が多大な損失をだすことを事前に知りながら十分な説明をしなかった責任は重く、その行為が詐欺にあたると解釈し、訴追した。

だが、ゴールドマンサックス側はもちろん自分たちの非を認めない。CDOの販売にあたっては、顧客の信頼を損ねたことはないという立場だった。しかもSECを憤激しさえした。状況を客観的に眺めると、CDO販売はすぐに壊れるパソコンを売る行為に似ており、「損な買い物」であった。