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本能寺の変の報で秀吉に「ご運が開けましたぞ」と言っていない…黒田官兵衛の「野心家イメージ」が暴走したワケ
高松城を赤松城として描いた歌川国芳画「赤松之丞水之図」江戸時代(1860年)、東京都立図書館所蔵(画像=ブレイズマン/CC-PD-Mark/
Wikimedia Commons
)
楊斎延一画「本能寺焼討之図」、明治29年(1896)、名古屋市所蔵(画像=ブレイズマン/CC-PD-Mark/
Wikimedia Commons
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黒田官兵衛の肖像画(画像=崇福寺/CC-PD-Mark/
Wikimedia Commons
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重要文化財 狩野 光信《豊臣秀吉像》(部分)。慶長3年(1598)京都・高台寺蔵(写真=大阪市立美術館/CC-PD-Mark/
Wikimedia Commons
)
※写真はイメージです
呉座勇一『軍師の日本史』(角川新書)
福岡市の崇福寺にある黒田官兵衛の墓(画像=Heartoftheworld/CC-BY-SA-4.0/
Wikimedia Commons
)
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