仏像好きの私はお寺を巡るのが趣味で、時間を見つけては京都や奈良を訪れている。しかし、自分が知っていることを確認する程度の通り一遍の観光をしても面白くない。複眼的な“ものの見方”をするために、いろいろな本を旅の友に持っていく。

その中の一つが土門拳の『古寺を訪ねて』だ。これは写真集だが、横に添えてある土門の文章も味わい深い。大きさもポケットサイズで手ごろな価格で売っている。もし本屋で見つけたら、ぜひ一度手に取っていただきたいと思う。

旭化成社長 
藤原健嗣

1947年、愛媛県生まれ。県立西条高校卒。69年、京都大学工学部卒後、旭化成工業(現旭化成)入社。98年旭シュエーベル社長。2000年、旭化成取締役。01年、旭化成エレクトロニクスカンパニー社長。03年、旭化成ケミカルズ社長。09年に旭化成副社長を経て、10年より現職。

私が最初にお寺に興味を持ったのは大学生のとき。その出合いはとても印象的だった。京都大学に在籍していた私は、5月の雨の降る日に、北区紫野にある大徳寺にフラッと訪れた。なぜ紫野と呼ばれるかについては、「紫野とは、染料の紫をとる紫草がはえている野をいう」(司馬遼太郎著『街道をゆく』)など諸説ある。しかし、そのときの私の目には、大徳寺の伽藍が薄紫の霞の中に浮かんだ。びっくりするぐらい幻想的な世界に囲まれた私は、「これがきっと『紫野』のイメージなんだ」と、勝手ながらも納得したのだった。

土門の著作をはじめて手にしたのは、旭化成の子会社である旭シュエーベルの社長をしているころだった。当時旭シュエーベルの本社は大阪にあり、私は近郊の高槻に住んでいたので、西国街道を京都まで片道約30キロの道のりを、自転車でよくサイクリングしていた。いまでも自転車でさまざまな名所旧跡を走り回っている。自宅には自転車が4台もあって、私の家内からは「あなたのカラダは一つしかないのに、(自転車が)4台あってもしょうがないでしょう」と渋い顔をされている(苦笑)。

ほかにもお寺について印象に残っている本はいくつかある。まず、哲学者の和辻哲郎が20代で書いた『古寺巡礼』がある。この本の特徴は、和辻が独学で勉強しながら、東西文化の融合をうまく説き明かそうとしている意欲作で、彼の自由な“ものの見方”を面白く感じた。