葬式で香典をもらったら、香典の額の半分を返す「半返し」がマナーだとされている。だが、本来の香典返しは、お金が余った場合にのみ行うものだった。半返しの習慣はなぜ広まったのか。宗教学者の島田裕巳氏が解説する――。

※本稿は、島田裕巳『神社で拍手を打つな!』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

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1970年代の「怪しいアルバイト」

それはかなり昔のことである。

1970年代の半ばだった。

私の知り合いがアルバイトをやっていた。

東京都内でのことで、区役所の出張所に行って、最近亡くなった人を調べ、その住所を書き写してくるという仕事である。個人情報のことがうるさく言われるようになった今日からすれば、あり得ない仕事である。その目的は、香典返しを専門に扱っている業者が、最近葬式を出した家にダイレクトメールを送り、香典返しの品を買ってもらうことにあった。その当時でも、これは、かなり怪しげなアルバイトに思えた。人の不幸につけこんでいる。そんな印象を受けたからだ。

しかし、葬式にまつわるしきたりについて考える際に、この時代に、そうした仕事があったということは興味深い。なぜ興味深いかと言えば、業者がこうしたダイレクトメールを出していたということは、この時代にはまだ香典返しというしきたりが十分には確立していなかったことを意味しているからだ。

現在では、葬式で香典を(もら)ったら、お返しをする。そうしたしきたりが確立されている。たとえ、業者が、その家が葬式を出したという情報をつかんでダイレクトメールを送ったとしても、すでに葬祭業者がその手はずを整えているので、仕事にありつけることはほとんどない。今は、そんなダイレクトメールを送る業者自体が存在しないはずだ。