冬の三陸海岸で、各地を訪ね歩きながら、「廻り神楽」という舞いを続ける人たちがいる。三陸海岸は明治以降でも1896年、1933年、1960年、2011年と4回の大津波に襲われている。だが、この神楽は340年以上の歴史をもち、現在も続いている。奇跡の伝統をフィルムにおさめた映画監督が、その歴史を紹介する――。

大津波を生き抜いた神楽

岩手県の沿岸部を、冬のあいだ各地を移動しながら祈りの神楽を舞う人たちがいる。岩手県宮古市の黒森神社に伝わる黒森神楽だ。海や山などの自然の神々の化身となって舞い踊り、人々の願いを受け止めながら340年以上続けられてきた。ところが、黒森神楽が訪れる沿岸部の多くは、先の東日本大震災で大きな被害を受けた。神楽衆も、長年神楽を迎え入れてきた海辺の人々も、それぞれに深い傷を負った。

大津波から6年となる2017年初春、筆者は現代も沿岸部を廻り続けている黒森神楽の足跡を追って、ドキュメンタリー映画『廻り神楽』をつくった。たくさんの人々の人生に関わっている黒森神楽に随行しながら、復興工事が進む被災地の人々が抱くさまざまな願いを垣間みた。6年というタイミングは絶妙だったと思う。多くの人たちの人生の節目に立ち会うことができた。

廻り神楽の様子。(C)VISUAL FOLKLORE INC.

津波災害が宿命ともいわれる“津波常襲地域”三陸で、なぜこのような神楽が絶えることなく伝えられてきたのだろう。神楽が背負う宿命は、いつか必ず再来する大災害とともに生きていくことだ。三陸が育んできた伝統文化のすさまじさに、身震いが絶えない撮影行となった。

神様とともに訪れる廻り神楽

2017年2月。黒森神楽衆の姿は岩手県釜石市根浜の高台にあった。整備された宅地に新築の家がまばらに建ち、建築の槌音が響く。笛と太鼓、手平鉦(てびらがね)を打ち鳴らす10名程の神楽衆が新しい家々を訪れる。今日は高台に移転した集落の“村開き”の祝いなのだ。

家の中で10代から20代の若手の神楽衆が獅子頭を操って〈柱固め〉の舞を行う。厄をはらい、一家の繁栄を祈る儀礼だ。獅子頭がカタン、カタンと軽妙に歯を打ち鳴らし、家の柱や四隅をかむしぐさをすると、一切の悪しきモノがはらい清められる。家の住人の頭や肩を同じようにかむと、みな清々しい笑顔になる。映画の撮影中、この笑顔に何度も出会った。

岩手県沿岸部の人にとって、この獅子頭は特別な存在だ。権現様と呼ばれ、神そのものとして畏れ敬われている。海上安全・大漁祈願の神として漁師に篤く信仰されてきた黒森神社。毎年正月3日に行う黒森神社の祭りで黒森の神様が乗り移ると、獅子頭は神の現身(うつしみ)=権現様となる。権現様を伴って春先に行う神楽巡行は、神様が家々を訪れる“家庭訪問”のようなものだ。

祈りの神楽を続ける黒森神楽。(C)VISUAL FOLKLORE INC.