●池谷先生からのアドバイス

物覚えが悪くなったことを、脳の衰えのせいにするのは間違いです。年齢とともに新しいことを記憶しづらくなっているのは、たんに年相応な記憶のやり方をしていないことが原因でしょう。

これを理解するには記憶の構造を知る必要があります。記憶には経験記憶(自分の過去の経験に絡んだ記憶)、知識記憶(知識や情報などの記憶)と先ほども触れた方法記憶(自転車の乗り方など無意識で覚えた記憶)の3つの種類があります。

図を拡大
能は「入力」より「出力」で覚える/記憶の階層システム

これらの記憶には上下関係があり、ピラミッド構造になっています。ピラミッドの下の階層ほど原始的で、上の階層へ行くほど高度な記憶です。これは人間の成長のプロセスにも当てはまり、最初に方法記憶、次に知識記憶、さらに経験記憶の順に発達します。

記憶力が弱くなったという人は、おそらくこの発達プロセスを無視しているのではないでしょうか。中学生ぐらいまでは知識記憶が優勢で、丸暗記をしてもどんどん頭に入ります。しかし、それ以上の年齢になると経験記憶が上回り、丸暗記が難しくなります。にもかかわらず若いころと同じ記憶のやり方をしているから、新しいことが覚えられないのです。

大人に適しているのは、自分の体験を情報と関連づけて覚える経験記憶です。もっとも簡単なのは、人に話すことでしょう。単独では覚えにくい知識も、「あのときあの人にこう説明した」という経験と結びつければ、比較的容易に覚えられると思います。

これを間接的に裏付ける興味深い実験もあります。米パデュー大学のカーピック博士は、ワシントン大学の学生を4つのグループに分け、40のスワヒリ語を記憶してもらう実験を行いました。1番目のグループはテストして、間違えたらリストを見せ、全部を再テストします。2番目は間違えた単語だけ見せ、全部を再テスト。3番目は間違えたらリストを見せ、間違えた単語だけ再テスト。最後は間違えた単語だけ見せ、間違えた単語だけ再テストします(少々ややこしいので図を参考にしてください)。

全問正解するまでその日のうちに何度も再テストをしたところ、覚えるまでのテスト回数には差がありませんでした。ところが1週間後に再テストをすると、グループ間で大きな差が出ました。3、4番目のグループより、1、2番目のグループの点数が3倍ほど高いという結果が出たのです。得点の高いグループに共通するのは、再テストで毎回全問を解いたかどうか。つまり入力の仕方は関係なく、出力する機会が多いほうが記憶は定着すると考えられます。

人に話すという行為は、まさに出力そのものです。覚えたい知識があれば、資料を何度も読み返すより、それを職場で話してみるとよいでしょう。そのほうがずっと記憶として定着します。