30年苦しんだ人のほうが1年で訴えた人より慰謝料が安い
たえさんの場合、父親を訴えようにも、時効の壁とともに多額の裁判費用に怯んでしまった。
「私の被害の場合、事件の大きさからいって弁護団を組まないといけないので、その弁護士費用や裁判費用だけでも数百万円はかかる可能性があるそうです。そして裁判は何年もかかると紀藤さんに言われました。でも父親は70代なので、裁判をしている間に死んでしまう可能性もあります。そうなるとすべてが闇の中に葬られてしまうかもしれません」(たえさん)
もし仮に裁判で勝てたとしても、父が持っている財産は持ち家ぐらい。家の立地などを考えると取れる慰謝料は1000万円ほどが限度だと紀藤さんは算定する。
ちなみにアメリカの場合は「懲罰的損害賠償請求」という法制度がある。
「日本の場合だと、性被害を受けてからすぐに訴えた人より、30年後に訴えた人のほうが慰謝料が安いことが多いんです。時間の経過とともに証拠が散逸、不十分ということもあるのでしょうが、30年間苦しんだ人のほうが安いとはどう考えてもおかしい。懲罰的損害賠償請求は、加害者側の過失なのか故意なのか、悪質な行為かそうでないかを鑑みて、慰謝料の額を変えていくのです。日本の司法では懲罰的損害賠償請求ができないとされています。司法側も猛省するべきでしょう」と紀藤さんは語る。
被害者同士、必ずしも一致団結できるわけではない
たえさんは、裁判をあきらめ、社会的な活動家となり、世論を巻き込み時効撤廃や慰謝料の額を上げる動きを喚起することも考えている。個人の活動では限界があるので、例えば一般社団法人(一社)を立ち上げて、彼女が代表となり会員を募るというものも一つの手だ。
しかし、これとても簡単ではない。一社でも少なからぬ資金が必要だ。現在、夫は病気で働けず、彼女自身も複雑性PTSDによりフルタイムで働けないので、生活は苦しい。
「それ以外に問題があります。一社を起ち上げて会員を募ったとしましょう。同じような被害を受けた人が集まると、結束は固いように思われますよね? でも実際はそうでもないのです。私は同じ性被害者の方にこう言われることもあります。『あなたはいいわよ、旦那さんとお姑さん、かわいいお子さんや孫にも恵まれたんだから』と。子どもの頃性被害を受けた人は、配偶者とうまくいかないなど不幸せな人生を辿っている人が少なくないんです。だから結束力を強くしていくことが難しく、結局最後は一人で活動していたり、一社を乗っ取られたりすることもあるそうです」
しかし、悲観していては物事は進まない。現在強力なサポートを得て、一社の立ち上げが進んでいるそうだ。