一方、企業の人手不足は深刻である。日銀短観の雇用人員判断DI(過剰-不足)によると、2024年3月調査で▲36%ポイントの不足超過、このうち飲食・宿泊サービスでは▲70%ポイントの不足超過と、特にサービス産業で人手不足感が高い。
今後、賃金の上昇が加速すれば、年収が「年収の壁」を下回るよう労働時間を調整する動きが一段と進む可能性が高く、その結果、人手不足がさらに加速する、という悪循環に陥ることになるだろう。
政府は「年収の壁・支援強化パッケージ」を打ち出したが…
人手不足の加速を受けて、政府は昨年10月から「年収の壁・支援強化パッケージ」を実施し、「社会保険上の壁」である「106万円の壁」と「130万円の壁」への対策を開始した。
具体的には、「106万円の壁」に対しては、労働者の手取りが減少しないよう取り組む企業に対して最大50万円までの助成金を支給し、「130万円の壁」に対しては、年収が130万円を超えても連続2年までは配偶者の社会保険上の扶養にとどまれることが可能となっている。
しかしながら、政府の公表によると、「年収の壁・支援強化パッケージ」の申請者数は、2024年1月末時点で14万人と、「年収の壁」を意識して就労調整する445万人の3%程度にとどまっている。
また、「毎月勤労統計」のパートタイム労働者の労働時間も、政策が実施される前の2023年9月(月79時間)から直近の2024年3月(月80時間)にかけて1時間程度しか増加しておらず、2005年の水準(月96時間)を大幅に下回ったままとなっている。(図表3)。
複雑な制度で、浸透していない
「年収の壁・支援強化パッケージ」の利用が進まない背景には、適用期間が最大で2年間に限定されることや、その後の対応が決まっていないこと、制度が複雑なことなどが考えられる。
派遣情報サイト「エン派遣」を運営するエン・ジャパンの2月時点のアンケート調査によると、「手取りが減らないとしたら、年収の壁を越えて働きたいと思いますか?」との質問に対し、全体の67%の人が「働きたい」と回答した一方で、「年収の壁・支援強化パッケージ」について詳細まで知っていた人は10%にとどまり、さらに、制度を「既に利用している」人は僅か1%となった。
また、今後「利用を検討している」人は、上限年収が106万円の人で23%、130万円で36%と、「利用・検討ともにしていない」の70%と58%を大幅に下回った。このうち、制度の利用に躊躇している理由として、「2年経過後の働き方はどうなるのかわからず不安」や「パッケージ利用を申し出るのが不安」などが挙げられている。