IT業界の仕事が嫌で起業したのに…

2016年の暮れ、宮本は瀬川にシステム自体の販売を提案した。

言うまでもなく、瀬川の返事はノーだった。

「僕はIT業界で誰も笑顔にしない仕事をやっているのが嫌で起業したんです。なのに、もう一度ITの世界に戻るなんて、それは僕のやりたいことではありませんでした」

宮本は食い下がった。

「これまで、こんだけ辛い思いをして笑顔を失くしていたうちらが、このシステムのおかげで笑顔を取り戻したんやないの。そのことは自分自身が一番よくわかってるでしょう? 在庫を抱えるビジネスをやっている会社の社長さんで、在庫に悩んでいない人なんてひとりもいない。だったら、このシステムでたくさんの社長さんを笑顔にできるやんか。それに、べびちゅ以外に、もう一本事業の柱を持っていたほうがいいんとちゃう?」

撮影=向井渉
「夫はECだけで終わる人間ではない」宮本さんにはその確信があった

人生に無駄は一つもない

宮本の説得に耳を傾けるうちに、瀬川の頭の中で、点と点がつながっていく感覚があったという。物理・数学少年→大学でのAI・統計との出会い→コンピュータ・ITのビジネス→食器・ベビー服のEC→在庫を抱える苦悩→在庫分析システムの開発……。

「この在庫分析システムは、過去の点と点がつながって偶然に生まれたものなんです。そう考えたら、僕はこのシステムを売るためにここまで導かれてきたんじゃないかと思えてきた。人生には、本当にムダはないんだと思えてきたんです」

宮本の執念の説得によって、瀬川は在庫分析システムを販売する事業を立ち上げることを決意する。名付けて「FULL KAITEN」。その名の通り、在庫をフル回転させるためのシステムである。

そして宮本にはもうひとつ、別の思いがあった。

「私はシナジーマーケティングでの瀬川の仕事ぶりを見ていたので、彼の強みである営業の才能がもったいないと常々思っていたのです。FULL KAITENを売り出したら、瀬川はもっと行ける。ECだけで終わる人間ではないと、確信していました」

関連記事
【後編】12月27日の預金残高20万円、社員14名…絶体絶命の起業8年目の年の瀬、6歳娘の言葉に父は涙が止まらなかった
職人が4年かけて育てた真珠が大量に廃棄されるなんて…「訳アリだから安く」に異を唱えた孫娘の信念
商品棚を1mずらしただけで常連が消えた…過疎で「廃業やむなし」の田舎商店を"東京のヨソ者"が復活させるまで
ついに「ディズニー離れ」がはじまった…「アナ雪」の制作陣による創立100周年記念大作が大ゴケした根本原因
乳飲み子を抱える妻の晩ご飯は「ひじき」だけ…森永卓郎「夫婦で乗り切った手取り6万円の壮絶な極貧生活」