これぞプロ…落合博満の名人芸

次に佐々木の口から飛び出したのは「オレ流」こと、落合博満との思い出だった。

「落合博満とはなぜかウマが合う関係でしたね。すでに三冠王を獲った後の、ある年のキャンプ取材のこと。2月半ばを過ぎているのに、まだバットを振っていない。理由を聞いても、“まだ早いから”と言うので、私は“お前さんのバッティングを見に来たんだから、打撃練習を見せてくれよ”と頼むと、落合は“いいですよ”と言ってケージに入っていく。さすが落合です。30球ほどスイングしてすべて真っ芯に当てていましたね」

話はここから本題に入る。「これで練習は終わりなのかな?」と佐々木が思っていると、落合は右打席から足を踏み出して、ホームベースをまたぐように、ちょうど捕手の位置でバットを構えたという。

「要はマシンに正対しているんです。“一体、何が起こるんだ?”と注目していると、身体を目がけて向かってくるボールをぶつかる直前で見事にさばいてヒット性のライナーを連発しました。私はすっかり感動して、練習後に“誰に教わったの?”と聞くと、“山さんです”とひと言。シュート打ちの名人、山内一弘(和弘)です。その目的は“ワキを固めてボールをさばくため”でした。超一流の指導者と超一流のバッターというのは、凡人では考えもしない発想を持つものなんですね。ほれぼれしましたよ」

かつて毎日聞いていた名調子が展開される。まるで、目の前で『プロ野球ニュース』が再現されているような幸せな時間は続く。

「イチローの銀鱈事件」

同世代だけではなく、若い世代との交流の広さも佐々木の武器だ。

「2006(平成16)年8月の終わりに、私はシアトルに行きました。もちろん、目的はマリナーズのイチローを応援するためです。渡米して6年目。あれだけ奮闘しているのに、一度も見に行かないのは申し訳ないと思ったからね。このとき、私が選んだのは8月末のヤンキース戦。そこで、イチローと私の共通の知人にチケットの手配を頼みました。すると、イチロー自ら、“佐々木さんにプレゼントです”と手配をしてくれたんです」

そこで佐々木は「何か日本らしいお土産を」と考えて、当時同じくマリナーズに在籍していた城島健司の分と一緒に、デパ地下で「時鮭、メロ、銀鱈の粕漬パック」と「水ようかんセット」を買ったという。そして、シアトルで土産を手渡した翌日のことだ。

「その翌日、グラウンドで城島に会うと、“佐々木さん、さっそくいただきました。あんなにおいしいものはアメリカでは食べられません”とお礼を言われました。ところが、イチローは簡単なあいさつを交わしただけで何も言わない。さらにその翌日。試合前にイチローに会ったので、こちらから、“食べた?”と聞くと“まだです”と、そのまま奥に消えて行っちゃった(笑)。それでも私は、腹は立ちませんでしたね」

写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです