義母の吉本せいは息子と笠置のことを「何も知らない」
親もきょうだいもいない笠置が、愛する人を出産間近に失い、本家に話もしてもらえないまま、よりどころなくたった一人で初めての出産に臨んだ心細さは、どれほどのものだったか。
ちなみに、史実では吉本せいが笠置に初めて会うのも、エイスケの死後。『新版 女興行師 吉本せい』(矢野誠一/ちくま文庫)では、筆者が『現代人物事典』(朝日新聞社)の「吉本せい」の項目を執筆する際、送られてきた出所不明の切り抜きからこんな記述を引用している。
かくして笠置は、妊娠を知ってなお籍を入れようとしなかったエイスケのことも、2人の結婚を反対し続けた吉本せいのことも、誰のことも恨むことなく、未婚のシングルマザーとして生きる道を選ぶ。
しかし、もしエイスケが健在であったら、笠置は結婚で引退することになり、名曲『東京ブギウギ』が生まれることも、笠置が「ブギの女王」として君臨することもなかったわけで、運命の皮肉を思わずにいられない。