マナー論争は40年前から始まっていた

興味深いのはすでにこの頃、片側空けには賛否が飛び交っていたことだ。6月25日の記事は、東大教授の「イギリスから日本に帰ってくるたびにイライラするんです。ロンドンでは地下鉄でもデパートでも、急がない人は右側へぴったりくっついて、それは見事なくらいだ」との意見から始まる。

日本女子大の教授も「前がずっと空いてても、横に並んでペチャペチャおしゃべり。それに、日本では“親子で乗る時、親は子どもを横に置いて手を引いて”なんていうけど、安全のためというなら、強いものが一段下に乗るべきです。障害者を乗せる時も同じこと」と、片側空けこそが合理的と主張する。

事業者側では、私鉄各社が加盟する日本民営鉄道協会の担当者は「利用者には、歩く人と歩かない人を分ける方式の方が喜ばれるかも知れませんね」と前向きな受け止め方。唯一、営団地下鉄だけが「万が一にも事故が起きたら」日本人は「そういうことを許した側を責めがち」として、「今のところ、皆さん歩かないで乗っていただく建前に、変わりありません」と反対派の立場に立つが、さりとて積極的にPRするわけでなく乗客任せになっているのが実情だったようだ。

こうした声を紹介しつつ、記事は「新型エスカレーターの設置でスピードアップを、という動きもあり、それはそれで結構だ。しかし、エスカレーターの『片側通行』は、うしろから来る人のために道をあけておく『他人への思いやり』を私たちの心に育てる芽にもなる、と思えるのだが」と、片側空けは思いやりであると締めるのだ。

業界側も「歩行禁止」はハッキリ明言せず

この記事をめぐって20人近い読者から投書が寄せられたことから企画されたのが、7月9日の記事だ。前回の「思いやり」との結論に対し、7割が反対、3割が賛成だったといい、「すり抜ける際にぶつかられたりすると、とくにお年寄りや子どもに危険だ」「障害のある部分が右であったり左であったりまちまち。どちらか片側へ、といわれても……」といった、近年の論点である交通弱者からの指摘がすでに登場している。

反対派の投書は多くが「下りで横を走り抜けられた転落しそうで怖い」という内容だったが、日本昇降機安全センター(現日本建築設備・昇降機センター)の専務理事は「個人的には、歩くことをおすすめしない」とした上で「アメリカの統計によると、上りより下りの方が事故が少ない、というデータがある。下りは上りより、みんなが気をつけるからでしょう」と擁護気味だ。

また日本エレベーター協会の専務理事は「日本のエスカレーターは欧米のものより、安全装置が作動しやすくなっている」ため「急停止で将棋倒しになる心配がそれだけ多い」と指摘。日本に限って歩行は危険との立場から反対論を展開する。この時点では業界団体の理屈もさまざまで、公式に禁止を訴えるほどでもないと考えていたようだ。

これらをふまえ、記事は最終的には「ご老人、子どもなどに危険を与えない、ということは、個々の人が常識としてわきまえるべき」との投書に代弁させる形で「仮に片側通行をするにしても、思いやりは“片手落ち”でなく、エスカレーターを急いで歩く人の側からも、立ち止まっている人への心遣いが大切」として、思いやりの問題に落とし込んで記事を締めている。