一方、夫婦ともに高収入の仕事を持ち、子供がいない。いわゆるDINKS生活を謳歌していたのが神奈川県・三浦半島在住の櫻井清さん(仮名)夫妻だ。
櫻井さんは中堅どころの広告代理店の部長職。妻も同業他社のクリエーティブ部門で活躍し、ともに約1000万円の年収を稼いでいた。「とくに節約なんて考えずにカネを使っていました」と櫻井さんはいう。
たとえば櫻井さんの妻は通勤時間を睡眠や勉強にあてるために横須賀線のグリーン車を利用しているが、グリーン券の費用は自腹である。櫻井さん自身も趣味のギターやウクレレ、自転車、パソコンなどに数十万、数百万円単位でお金を使ってきた。海が見える駅前の分譲マンションに住み、車はドイツ製の高級車だ。
優雅な暮らしが暗転したのは、2008年暮れのこと。リーマンショックによる業績悪化を理由に、櫻井さんが所属していた部署が人員削減をともなうリストラの対象にされたのだ。
「あのときのことは忘れられません。12月中旬、急に全社員集会が開かれました。社長は弁護士2名を同席させたうえで、こう言い放ったんです。『残念ですが現下の経済状況を鑑み、業績が悪化している××部を廃止し、最大20人の希望退職を募ります。応募者には規定の退職金に加え、在籍年数に応じて割り増し分を支払います』」
才気煥発型の櫻井さんは、大学卒業以来これまでに同業4社を渡り歩いてきた。櫻井さんのビジネスの才を開花させたのが、12年前に入社したこの会社である。次々と新事業を立ち上げ、収益に貢献。40歳を迎えるころには20人を率いる部長職として、役員一歩手前の待遇を受けていた。
ところが、このたびの急速な景気悪化で状況は一変。櫻井さんの活躍を快く思っていなかった役員がここぞとばかりに暗躍し、強引なリストラ案を通してしまったというのである。
「希望退職とはいうものの、定数に達しなければ指名解雇を行うという噂が流れました。子供が生まれたばかりの30代の男や、入社したての女子社員など残してあげたい奴らが何人かいました。もし僕が残って、彼らが肩たたきにあったら申し訳ないという気持ちがありました。というよりも、こんな状況なのに会社にしがみついたとしたら、自分の卑怯さを許せずに僕自身が辛いだろうと思ったんです」
櫻井さんは淡々と語る。希望退職に応募し、1月末で会社を去った。