トラス前首相も大減税を打ち出して、形だけはサッチャリズムを引き継ごうとした。ただ、トラス前首相は一方で積極的な財政政策を進めようとした。大盤振る舞いは、金融引き締めを図るイングランド銀行の動きと逆行する。政府と中央銀行の乖離が大きくなったことで市場からの信用を失い、株式、国債、ポンドは大幅なトリプル安に。政策を撤回したものの、時すでに遅しで辞任に追い込まれた。

代わって舵を取ることになったのが、ジョンソン政権で財務大臣を務めていたスナク首相である。スナク氏は緊縮財政派で、財務大臣時代に予算をまとめた実績もある。中央銀行のベイリー総裁と足並みを揃えるという点では適任者だ。

実はスナク首相はジョンソン元首相辞任後の党首選に立候補し、議員票ではトラス氏を上回っていた。しかし、トラス氏が政権を最後まで支えたのに対し、スナク氏はジョンソン首相の支持率が低下するや否や辞表を提出してボスの寝首をいた。党員の人気は、裏切り者のスナク氏より、トラスト(信用)できるトラス氏に集まり、最後の党員投票で逆転劇が起きた。政策以外の面で決まってしまった前回党首選の経緯を考えても、今回のスナク首相就任は順当だった。

英インフレの元凶はブレグジット

ただし、スナク首相の前途は多難である。現在、イギリスが直面している最大の課題はインフレだ。日本は物価上昇率が3%を超えて大騒ぎになっているが、イギリスはすでに10%を超えている。エネルギー価格に至っては3割以上の上昇だ。

スナク首相はこの危機を財政政策で乗り越えようとしている。しかし、それでは解決できない。イギリスのインフレは構造的な問題から発生しているからだ。

この連載でも指摘してきたが、元凶はブレグジットだ。EUに加盟していた当時は、野菜や果物などは大陸の最適地で生産されたおいしいものが、その日のうちにドーバー海峡を渡って届けられた。価格は大陸の平均値である。しかし、EUから離脱すると通関手続きが必要になる。スーパーは品薄で、並んでいる野菜は質が劣る国産品か、高い物流コストをかけて輸入し日落ちしたものばかり。インフレになるのは当然だ。

大陸から入ってこないのはモノばかりではない。EUメンバー時代は、東ヨーロッパから多くの人材――単純労働者から医師や会計士といったプロフェッショナルな職業人まで――が仕事を求めて英国にやってきた。イギリスの主要言語は英語であり、フランスやドイツに比べて言語の壁が低かったからだ。しかし、この人の流れもブレグジットで止まり、人手不足からイギリス国内の人件費が高騰している。