健さんが歌えば「曲とか詞とか、なんでもいい」

高倉プロモーションの代表、小田貴月さんはCDのハンドブックにこう記している。

「今回のマスタリング作業(=CDプレス用原盤の制作)は、録音時期の異なる楽曲をまとまりのある音にするため、音量、音圧、音質のより丁寧な調整が不可欠となりました。エンジニアの方が『高倉さんの低音、しびれますね』と、感慨深く語ってくださり、次々と封印が解かれてゆく楽曲の波形を見つめていると、フランク・シナトラのコンサート映像を自宅で観ながら『大事なのは、のど自慢じゃなくて、心に届く語りなんだね』と呟いていた高倉の声が、耳元で聞こえた気がしました」
撮影=山川雅生

高倉健 沈黙の演技』(プレジデント社)では、『居酒屋兆治』で共演した加藤登紀子さんにインタビューした。

本書のなかで「歌手、高倉健の魅力」についても語ってもらっている。

【野地】歌手、高倉健をどう思われますか?

【加藤】素晴らしいのひとこと。あの声。あの深い声。あの、声がいいの。だからもう、なんでもいいんです、歌なんてどうでもいいの。曲とか詞とか、なんでもいい。健さんが歌うだけでリアリティが出てきちゃう。そんな歌手はいないです。

いえ、仮にいたとしても、私は知りません。

私の曲を健さんがラストに歌ってくれたら…

作り手は楽ですよ。健さんが歌うんだって決まっていれば。なんでもいいんだから、内容は。

健さんが歌うか歌わないかだけが問題なの。健さんが歌えば本当のことだと伝わる。嘘ではないとみんながわかる。

【加藤】『時代おくれの酒場』は私が『居酒屋兆治』に出演する6年前に作ったものです。その時に健さんに会ってるんです。

冬の華』(1978年)の撮影をやっていた健さんにインタビューするため京都に行きました。撮影所近くの喫茶店で私が話を聞いた時、ドーナツ盤『時代おくれの酒場』(1977年発売)を持っていたので、お礼に差し上げたんです。

そして、『居酒屋兆治』に出ることになって、降旗(康男)監督に会ったら「登紀子さん、『時代おくれの酒場』、ほんとにいい曲ですね。僕らはロケハンの時、ずっと聴いてました」と言ってました。

私は、「健さんがラストに歌ってくれたら言うことないのに」って言ったの。すると降旗さんは「難しいなあ、なかなか歌ってくれない人ですからね」