よく、「苦境に立たされたときにこそ、その人の真価が問われる」と言いますが、私は「弱くなったときにこそ、その人の本当の強さが現れる」と思っています。

実は、強さには、先に挙げたようなわかりやすい強さのほかに、弱さの中で見つかる強さ、弱さから生まれる新しい幸福の形があります。

末期の肝臓がんになった40代社長の変化

かつて私が関わった患者さんの中に、40代の会社の社長さんがいました。

商才があり、一代で会社を大きくした彼の周りには、常に人がたくさん集まり、彼は我が世の春を謳歌おうかしていました。「自分には何でもできる」と思い、仕事ができない人、お人好しで損ばかりしているような人のことを、心のどこかで軽んじていたそうです。

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そんな彼の人生は、ある日を境に一変しました。腹部の痛みを覚え、検査をしたところ、肝臓がんであることがわかったのです。その時点ではもう、病状がかなり進行しており、彼は仕事から離れ、治療生活に入ることになりました。

すると、彼のもとからは、潮が引くように人がいなくなりました。

部下も取引先も、大切に育ててきた会社すらも失うことになり、最初は腹を立てていた彼ですが、やがて「自分の生き方は正しかったのだろうか」と考えるようになり、私にこう話してくれました。

「私は今まで、周りの人間から信頼され、愛されていると思っていました。社員とも取引先の人とも、お互いにわかり合えていると思っていたのです。でも、それはおごりでした。みんなが信頼し愛していたのは私ではなく、私が動かしている仕事やお金だったことに気づきました。今の私には、何もありません」

人生の最後に、真逆の価値観を持つようになった

でもそんな中で、彼は常にそばにいてくれる家族のありがたさに気づいたのです。

彼がこの世を去る前に、お子さんあてに残した手紙には、「まわりの人を大切にできる人間になってください」と書かれていました。

彼は人生の最後に、まったく真逆の価値観を持つようになったのです。

また、他の患者さんでは、「今まで頑張ってきた自分が、なぜこんな理不尽な目に遭わなければいけないのか」という怒りを、しばしばご家族や在宅診療のスタッフにぶつけていた方もいました。

しかし、献身的な介護を受けつつ、自分の人生を見直すうちに、彼は「何もあの世には持っていけない」「自分は今まで、ないがしろにしていた家族や、『仕事ができない』とバカにしていた同僚に、実は支えられていたのだ」と気づいた人もいました。