エンタメからジェンダーの問題を発信するだけでも、世の中は変わる

——コロナ禍で韓国ドラマ『愛の不時着』にハマったというお話も伺いました。韓国のエンタメにはフェミニズム作品として認知されているものも多いですが、印象に残った作品や日本のエンタメが学ぶべき姿勢があれば教えてください。

【桐野】女性の描き方がリアルだと感心したのが、ソン・イェジン主演の『よくおごってくれるきれいなお姉さん』。職場でのパワハラやセクハラ、価値観を押し付ける過干渉な母親が出てくるなど、見ていてつらくなるような展開もありますが、面白い作品です。また10年ほど前の作品で、家族を養うために男装して女子禁制の名門校に通う女の子を描いた『トキメキ☆成均館スキャンダル』も面白かった。時代劇ものですが、普遍的な話だと思いました。

韓国は儒教的な考えが強いので、女性の立場は日本よりきついかもしれません。でもエンタメの本質が分かっているから、こういう強い作品を生み出せる。作り手が女性は何に共感するのかを理解しているような気がします。欧米の動きもしっかり見ているでしょう。

それに比べて、日本のドラマは単純すぎます。お母さんはいまだにエプロンをして、家族を支える役割を与えられていることが多い。ダイバーシティと言いながら、現実は追いついていません。エンタメからジェンダーの問題を発信していくだけでも変わっていくのではないかと思います。

精神的に大人になることこそ、真の自立

——桐野さんの代表作とも言われ、海外からも評価が高い『OUT』の出版から今年で25年を迎えます。桐野さんが作家を目指した、そもそものきっかけはどんなことだったのでしょうか。

【桐野】一番の目的は自分でお金を得て、経済的に自立したかったから。私が若い頃は、女性は就職せずに家庭に入る人も多かった時代。私も仕事には就いたものの、いろいろな事情があってすぐに辞めてしまいました。

撮影=プレジデントオンライン編集部

そもそも書くことが好きで、シナリオライターの学校に通っていたほど。一時期は育児雑誌のライターをやっていたこともあります。仕事は楽しかったのですが、ついあれこれ具体的な描写を盛り込み過ぎて、記事構成は向いていなかったと思います(笑)。結婚して子どもが生まれると、1年間ほど完全に専業主婦だったことも。子育ては面白かったですが、働けないという意味では自分にとってつらい時期でした。

そんな時に友人に誘われてロマンス小説を書いてみたら、これがとても楽しかった。途中で手を止めることができなくて300枚くらい一気に書いて「あれ、向いているかも?」と思いました。フィクションなら書きたいことをいくらでも書けるし、好きなことだけ書いてもいい。たちまち創作に夢中になりました。

ありとあらゆる文学賞にも応募しましたが、作家としてやっていけると感じたのは乱歩賞を取った43歳の時。受賞以前は創作活動と並行して、レディースコミックの人気作家だった森園みるくさんの原作を担当していました。森園さんは売れっ子だったから、私の収入も安定して、夫と同じくらいの稼ぎを得られるようになっていました。経済面だけを考えればそのまま原作者を続けてもよかったけれど、やっぱり自分の好きなものを書きたかったんです。

——桐野さんのお話を伺っていると、女性の自立とは経済面だけではなく、精神的な意味合いも大きいのではないかと感じました。

【桐野】真の自立って精神的なものかもしれないと思います。夫の収入で暮らしていても、精神的に自立している人はたくさんいます。精神的な自立とは大人になるということ。それには人を性別や立場で差別しないことや、自己責任論で誰かを評価しない、という気持ちの強さとフェアネスが必要です。