「防諜」の観点で一番弱いのは人間

私が警察庁外事課長として関わってきた事件について説明してきたが、スパイを防ぐ「防諜」の観点で一番弱いのは人間だ。システムの欠陥で情報が流出するよりも、専門家の頭の中にある高度な技術が抜けていってしまうのが、一番怖い。こうした見えない技術の移転を英語で、ITT:Intangible Technology Transferと言う。

当時はまだ、「経済安全保障」という言葉は無かったが、その重要性は警察にいたころから感じていた。スパイ活動の重点は当時から、経済的な利益に関するものに移ってきていたからだ。ゾルゲ事件のように、外国の情報機関が軍事、政治の機密情報のみを入手しようとしていたのは過去の話だ。情報収集の矛先は、政府だけでなく、企業が保有する先端技術に向けられている。ロシアのSVR、GRUもそうだし、中国の国家安全部や人民解放軍総参謀部第二部(当時)等の情報機関もそうだ。

北村滋、大藪剛史(聞き手・構成)『経済安全保障 異形の大国、中国を直視せよ』(中央公論新社)

私は、警察庁時代、摘発と広報という形で、こういった問題に対処してきた。そこに限界も感じていた。

スパイを十分に取り締まれない法体系の不備。

企業の問題意識の低さ。

霞が関でも、外事警察と、輸出入を規制する経産省貿易管理部を除けば、危機意識は十分ではなかった。

解決しなければならない問題は多かった。

その問題意識が、後に国家安全保障局長になった時に、政策立案という形で生かされることになる。

※本稿の説明は、当該事件当時の各種報道、警察白書の当該部分、警察庁警備局編集の『焦点』及び『治安の回顧と展望』の当該部分、外事事件研究会『戦後の外事事件 スパイ・拉致・不正輸出』東京法令出版(2007年)の当該部分、拙著『情報と国家』中央公論新社(2021年)の当該部分、当該事件の受任弁護側から開示されたと思料されるネット上の各種資料、その他研究者による事件関連論文等の公表又は開示された資料に基づいている。

(聞き手・構成=大藪剛史)
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