授乳室のお湯なら、おいしいカップ麺が作れる

ある日、通行人が僕らにカップ麺を差し入れしてくれたことがあった。「お湯は自分でどうにかしてください」ということなので、私は近くのコンビニでしれっとポットのお湯を使わせてもらった。しかし黒綿棒は「商品を買わないと使ってはいけないと書いてあるのだから、ダメなものはダメなんだ」とかたくなにコンビニへは行こうとしない。

ルールに異常に忠実なところも「発達障害的」だ。ではお湯はどうするのか。黒綿棒いわく、以下の方法を使っているという。

「水でも食べられないことはないけども非常にまずい。ビルのトイレに行けば36度くらいのお湯は出るけども3分後にはほぼ水になっている。ホームレスの間で人気なのはトイレとかに併設されている授乳室かな」

授乳室では粉ミルクを溶かすためのお湯が出る。温度は60度ほどで、ギリギリうまいカップ麺が作れるという。連日のようにコンビニのお湯を拝借して顔を覚えられてしまうのを防ぐため、同じ方法をとるホームレスは結構いるらしい。黒綿棒の行きつけの授乳室は都庁下から歩いて20分ほどの「バスタ新宿」。3分たったらそのまま授乳室でカップ麺をすすり、冬は足を洗っているホームレスもいるという。衛生的にはどう考えても大問題である。

筆者撮影
不憫に思った通行人がくれたカップ麺

「代々木公園に並べられた一斗缶」に入っているもの

炊き出しというのは基本的に土日に集中している。そのため土日に余った食料は備蓄しておき、炊き出しの手薄な平日に回すことになるのだが、無計画な黒綿棒はその日のうちにすべて食べ尽くしてしまう。パン耳だけではどうしても飽きが来るし、毎日のようにカップ麺をくれる通行人がいるわけでもない。

そこで、飯に困った際の最終手段として存在しているのが、代々木公園の一斗缶である。同公園のとある場所に、大量の一斗缶が並べられている一角がある。ある日、不思議に思った黒綿棒が試しにふたを開けてみると、そこには災害時用のビスケットやアルファ化米などの保存食が詰め込まれていた。黒綿棒が周辺のホームレスに聞いたところ、食べたいものがあったら持っていって構わないのだという。それ以来、一斗缶にお世話になっている黒綿棒が話す。

「主にキリスト教系の団体が僕らのために食料を入れておいてくれるのだけど、ホームレスが手元に余ってしまった食料を入れる場所にもなっているんだ。そして、僕みたいに飯に困ったホームレスが適宜もらっていくというシステムになっている」

「それはキリスト教の施しを受けていることにならないか?」という言葉が喉まで出掛かったが、やぼなことは言うまいと飲み込んだ。しかし公園客からするとただの廃棄物にしか見えない一斗缶が、ホームレスにとってはこれだけ意味のあるモノなのだ。ホームレス社会というものは私たちが暮らすこの社会とは異なるレイヤーにあることを思い知らされたのである。

筆者撮影
代々木公園横の歩道に並んだホームレスの荷物