過去の人々の成功と失敗から得られる教訓
経済発展と科学技術の関係を歴史的に振り返ってみても、創造的な新機軸が大きな可能性と危険性をはらんでいることがわかる。
英国のイングランド中西部を流れるセヴァーン川の流域には「アイアンブリッジ峡谷」と呼ばれる世界文化遺産がある。このアイアンブリッジは世界初の鉄橋で、イギリスの産業革命を象徴する存在である。
この地域は、近代製鉄業の技術開発に成功し、人類の生活に大きな貢献をなしたことで知られている。しかし、そのような発明と企業経営は、当時は誰も気づいていなかったとしても、二酸化炭素の排出量を劇的に増やし、気候変動をもたらす要因となったと考えられる。
このように、過去の人々の成功と失敗について深く考えてみることは、われわれ自らが将来に向けて選択をするに際し、何らかの教訓を得る機会となるはずだ。
そして実は、過去の人々の成功と失敗とは、必ずしも簡単に白黒がつけられるものではなく、むしろ成果の一面として危機がもたらされるといった複雑な性格を持っていることがわかる。
われわれが歴史から得られる教訓があるとすれば、歴史研究の成果から直接に導かれるものというよりは、むしろ現在と将来の多くの人々が歴史から意味を汲み取っていこうとする真剣な問いかけによって見えてくるものに違いない。
過去の現実に思いをめぐらす効果
以上の内容とも重なるところはあるが、世界史を学ぶ意義の3点目として、過去の現実の人類社会について具体的に知ることによって、われわれの想像力を養い人間性と社会についての理解力を鍛えることができる効果も挙げられる。
もちろん、文学や芸術の作品にもそのような役割があるだろうが、かつて現実に存在した社会について思いをめぐらすことには独自の意味がある。
かつて現実に存在した社会は、仮に現在に生きるわれわれとは全く異なる価値観に基づいていたとしても、やはり人類社会である以上は理解可能であると私は考えている。
たとえば、スターリンの独裁体制のもとで暮らしていたソ連の市民が、その社会状況のもとで生活を成り立たせ、ときにささやかな楽しみを見いだそうとしていたことを理解しようとする試みは、人類としての共通の願望や悲哀、そして人類の強さと弱さを確認する過程にもなりうる。
そのようなことを行う意義は、むろん自国の歴史についても見いだせる。しかし、なるべく現在の私たちとの時代的・文化的な相違が大きい社会を理解しようとする方がいっそう難しく、それゆえ意義深いかもしれないのである。