民間の技術を、国家安全保障に活用する仕組みも予算もない
もう一つ問題があった。それは科学技術政策及び産業政策が、安全保障政策と完全に遮断されており、世界最高水準の日本の民生技術、それを支える技術者や研究者を、国家安全保障のために活用する仕組みも予算も日本政府の中にないことである。
戦後、日本の中には、そのような考え方自体がなかった。上記の対中機微技術流出問題が「知り、守る」政策だとすれば、この問題は安全保障関連技術を「育て、活かす」政策である。
2021年9月に立ち上がったAUKUSの三国同盟の枠組みは、2021年9月の三国首脳共同声明で、安全保障、産業、科学技術を一体化させるべく協力すると謳っている。まさに民生技術を含めて、安全保障に関する最先端技術協力を謳っているのである。
常に科学技術で世界の最先端を走り続け、軍事的優位を誰にも渡さないというアングロサクソン一族の強い決意が伝わってくる。
日本にはこの仕組みがない。予算もない。科学技術と安全保障を結び付ける仕組みが日本政府の組織や政策から完全に欠落している。とてもAUKUSからお呼びのかかる状況ではない。
日本の最先端技術は安全保障の領域から完全に遮断されていた
実際、この三四半世紀、安全保障面での日米科学技術協力は、日米同盟の運営上、稀に見る完全な失敗分野となった。日米同盟の真空地帯と言ってよい。
ミサイル防衛のような狭い防衛技術協力の話をしているのではない。量子やバイオのような安全保障に関わる最先端の科学技術協力がこの三四半世紀の間、全く動かなかった。米国には科学技術庁がない。日本の理研や産業技術総合研究所に相当する優れた研究所は国防省やエネルギー省に多数ぶら下がっている。
しかし、米国国防系の研究所との交流は文字通りゼロなのである。日本側に対応する組織がない。国立大学を始めとする学術界は軍事と名の付くものに生理的な拒絶反応を示し、官界もビジネス界も、マスコミから「軍産複合体」などと言われて叩かれることを恐れ、二の足を踏む。日本の誇る世界最先端の科学技術や産業技術は、安全保障の世界から完全に遮断されていたのである。
日本以外にはそのような断絶はない。逆である。最新科学は常に最新の軍事研究と裏腹であった。それは一流の科学者が集う世界の安全保障に関わる科学技術クラブの扉を、日本自らが固く閉ざすことを意味していた。
第二次安倍政権下の日本の国家安全保障局では、量子技術を始めとする民生技術の進展が将来の安全保障を激変させるとして、科学技術政策に関心を強め、「育て活かす政策」を「守る政策」と車の両輪にせねばならないという意識が日に日に強まっていた。