これを会社に置き換えた場合、趣味嗜好まで寄せる必要はないとしても、仕事の価値観を上司に近づけることが必要ではないでしょうか。「あいつは同じ考えを持ってるな」と認められれば、次第に目をかけてくれるはずです。ただし食い物や女の趣味が合うだけでは、特別に嬉しくありません。一緒にいてどれだけ場が盛り上がったとしても、仕事に関しては、「でもあいつは違ってるんだよな」となる。それよりも、たとえ普段は口数少ないし、酒を飲んでも面白くないヤツでも、「あいつはわかってる」という思いさえあれば、仕事を任せるようになってくる。

日本は情が最優先されるように思われがちですが、実は価値観が合うほうが絆は強くなるんですよ。クセがある人間ほど独自の堅固な価値観を持っていますから、「ひねくれ者」のほうが、案外に強い絆を結びやすい。

価値観を合わせる一番の近道は、上司を好きになることです。私も今、映画監督の大林宣彦先生や歌手の二葉あき子先生に可愛がってもらっていますが、それは「好きだ」という気持ちが伝わったからだと思います。

好きでもないのに、ただヨイショするのは逆効果です。私の弟子でヨイショするヤツもいますけど、ヨイショはすぐわかりますよ。打算的な気持ちがあるかどうかは、上司が有能であるほど、見抜かれるんじゃないですか。

私は弟子に価値観を合わせるように言っています。そこで私の価値観を拒否する弟子は辞めさせます。そこは落語も会社も同じで、「自分と価値観が同じだ」と思って入ったけれど、実際には違うというケースはままある。早い段階で勘違いに気づいたら、情が深くなる前に身を引くべきなんですよ。だって上司や師匠に、「あなたの価値観を変えてくださいよ」とは言えないんだから。

※すべて雑誌掲載当時

(鈴木 工=構成 小倉和徳=撮影)