この三次元のウイルス学は、時間のスパンによって大きく2つの分野に分かれます。1つはシャロー(浅い)な古代ウイルス学で、おおむね1万年くらいのスパンでウイルスの進化を追跡します。エイズの原因ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス(HIV)の研究などはこちらになります。

もう1つはディープ(深い)な古代ウイルス学で、私たちは2億年くらいのスパンで考えます。私たちが行なっているレトロウイルスの研究がこちらに属します。

レトロウイルス(もしくはそれに関連するウイルス)は少なくともおよそ4億年前には地球上に出現したと思われます。そのウイルスは、宿主の生殖細胞に入り込んだウイルスで、ゲノムの配列が子々孫々受け継がれて保存されています。ですから、その変化の過程や、宿主に与えた影響を追跡することができるのです。

技術革新で三日あれば未知ウイルスの同定が可能になった

ウイルス学を次元で捉えるのは、私が2015年12月に考えて発表した概念です。昔は遺伝子の解析をするのがすごく大変で、二次元や三次元の研究など到底無理だったのですが、2008年以降に「ムーアの法則」(集積回路あたりの部品数が毎年2倍になるという法則。毎年2倍の進化を遂げていくことを指す)をはるかに超える勢いで急激な技術革新が起こり、時間もコストも圧倒的に節約することができるようになって、多次元ネオウイルス学が現実味を帯びるようになりました。

宮沢孝幸『京大おどろきのウイルス学講義』(PHP新書)

どのような技術革新が起こったかというと、DNAやRNAの配列を速やかに決定できるようになったのです。それまでは、ウイルス解析の出発点は病気でした。何らかの感染症の病気が見つかったら、ウイルスを分離、同定して、そこから遺伝子解析を行っていました。

しかし技術革新により、病気を発見してウイルスを分離しなくても、病変部だけでなく非病変部にどんなウイルスがあるのか、三日あればわかるようになりました。サンプルからDNAとRNAを抽出して、その配列を解析するのです。どんなウイルスが存在しているのかが先にわかって、それから病気が発見できるようにもなりました。

例えば、ネコの尿にウイルスがいるのではという推測を立てて、ウイルスを同定することができれば、そこから腎不全などの病気を起こしていることがわかる、といった具合です。ネコモルビリウイルスはそのやり方で発見されました。

新興感染症が出現しやすい今、ウイルス学も進化しなければならない

このように、遺伝子解析が非常に楽になったことで、二次元、三次元のウイルス学が可能になりました。ただ、多次元のネオウイルス学は、遺伝子解析の技術があればすぐにできるわけではありません。動物学、繁殖学、医学、バイオインフォマティックス、コンピュータテクノロジーの支えを得ながら、総合的な知見を高めていく必要があります。

ヒトの動きがグローバルになった現在、ウイルス学も進化しなければならないのです。多次元ネオウイルス学の研究を進めていけば、予測ウイルス学、進化生物学の発展にも寄与することができます。

社会的にも、科学的にも大きな貢献を果たすことができるのです。

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