「自分の直感が一番正しい」。そう思えるほど、自分なりの仕事の核心をつかみ始めていた矢先に襲った心臓発作だった。1年の休職を経て2018年9月、会社を退職した。

YouTubeは「お客さんをより身近に感じられた」

「体力が許す範囲でこじんまりとできる個人店でも開こうか」。そう考え始めたとき、ふと2014年に1本だけYouTubeにアップしていたレシピ動画のことを思い出した。4年間で再生回数は15万回に膨らみ、たくさんのコメントや質問が書き込まれていた。

「路面店の規模では出会えるお客さんの数は限定されてしまうけど、ネットなら接点を最大化できるかもしれない」

10代からパソコンやデジカメなどに親しみ、一度はIT業界への就職を考えたこともあった。自宅のアトリエを拠点に、レシピ動画の発信を活動の柱に据えることは自然な流れだった。もともと前に出るタイプの性格ではない。やりようによっては匿名性が保てるネットの世界だが、技術と経験の裏付けを伝え、コンテンツの信頼を得たいと、あえて人物像を表に出すことにも挑戦した。

デジタルの活用を組み合わせたことで、できることの幅は想像以上に広がった。お菓子づくりの経験の浅い人でも簡単に作れるように工程を見直してみたり、手際よくできるように手元の動きや道具の扱いを丁寧に映し出したり。ネットの向こうにいる一人ひとりの心の動きや理解度を想像しながらのコンテンツづくりは、不思議とお客さんをより身近に感じられたという。

沖縄「デパートリウボウ」から出店の誘いが

フリーの活動を始めて2年。YouTubeのチャンネル登録者の急増から半年ほど経った昨年11月、石川氏の元に、新しいスイーツブランド設立の話が舞い込んだ。決まっていたのは、沖縄で唯一の百貨店「デパートリウボウ内への出店」「3月初旬の開業予定」だけ。名前もロゴもコンセプトも未定だったプロジェクトの看板シェフとして、石川氏に白羽の矢が立った。

コロナ禍による経営悪化の影響を受け、売り場から急遽撤退することになった店舗跡での出店計画。集客の回復が見通せずコロナ禍での新規出店にはリスクが伴う一方、跡地をそのままにしておくわけにもいかない。そこでリウボウが決断したのは、人気店としての実績、前例がなくともネットと掛け合わせた発信力で売り場全体を牽引する新たなスイーツブランドを発掘し、ブランド側と協働で展開するビジネスモデルだった。