ワクチン接種プロジェクトを指揮したビンガム博士

せっかくワクチンが完成しても、迅速に接種を進められなければ意味がない。前代未聞の速さとスケールで集団接種を行うためのプロジェクトを指揮するのに適した人物は誰か。しばらく考え込んでいた英国首相ボリス・ジョンソンは携帯電話を手に取った。

「キミに、人々が死んでいくのを止めてほしいんだ」と、ジョンソン首相が連絡したのはケイト・ビンガム博士。オックスフォード大学で生化学を学んだあと金融分野に転じ、バイオベンチャー相手の投資コンサルタントとして活躍していた。とんでもない大役の指名に迷ったが、22歳の長女に「お母さん! もし迷っているのが私だったら『自分を卑下するな。自信を持ちなさい』って叱るでしょう?」と激励され、この役目を無償で引き受けた。

ビンガム博士はさっそく特別チームを編成する。「公衆衛生庁を飛び越して民間のコンサルタントを起用」という首相の型破りな人事もさることながら、博士が招集した面々も、製薬業界の裏事情に詳しいビジネスマン、武器輸送の専門家など、まるでアウトローを集めた映画のキャストのようだった。

国防省潜水艦配置局から引き抜かれた女性管理職のルース・トッドさんは、「開発中のワクチンすべてに暗号名をつける」という提案をし、当時120ほどあった開発中ワクチンの中からどれが選ばれるかが外部に漏れないようにした。

リーダーたちの努力は実り、英国は世界に先駆けてドイツのファイザー製ワクチンを承認し、2020年12月3日から全国で一斉接種をスタートさせた。

ワクチン承認の決断を下したのは英医薬品・医療製品規制庁(MHRA)の最高責任者ジューン・レイン博士。薬理学者だ。レイン博士と、集団接種プロジェクトを指揮したビンガム博士の両名とも、ワクチンの手配や接種の開始が早期に実現した理由として、オックスフォード大研究者たちがすばやく開発に着手していたこと、臨床試験の開始と同時に製造の準備を進めたこと、英国がすでにEUを離脱し移行期間に入っていたためこうした決定を自国だけで行うことができたことを挙げている。

© University of Oxford/John Cairns
オックスフォード大学ジェンナー研究所

英国型変異株を発見した「変異株ハンター」

昨年2020年秋に英国型変異株を発見し、いち早く政府に警告を発したのは、ゲノム解析のエキスパート、ケンブリッジ大学のシャロン・ピーコック教授だ。彼女はコロナウイルスの「変異株ハンター」とも呼ばれる。感染が広がり始めるとすぐに、「どんどん変異するこのウイルスを、常時モニターする必要がある」と仲間に呼びかけた。

教授は政府に働きかけ、新型コロナウイルスのゲノム解析を行う組織、COG-UK(COVID-19 ゲノミクスUK)設立の予算を獲得した。現在、国際コロナゲノムデータベースGISAIDに収められているデータの50%は、ピーコック教授率いるCOG-UKが解析したものだ。

COVID-19 ゲノミクスUKを率いる、ケンブリッジ大学のシャロン・ピーコック教授 ©GOV.UK

ピーコック教授は、低学歴の家庭から大学に進学。「女なのだから文系に行け」と言う教師に反発して医学を目指すが、試験に落ちてしまう。それにもめげず、新しく医学部ができた大学に電話で直談判し、入学を認められたという逸話を持つ。

ピーコック研究所も25人の研究者のうち18人が女性で、女性管理職は教授の他に3人いる。「タフな心に背広はいらない(男性である必要はない)」という言葉をホームページに掲げている。