働かない社員の本音は「出向元に帰りたい」

彼の行動が腑に落ちなかった私は、タバコ部屋や飲み会も駆使して、本人自身を含むいろいろな情報ルートから情報を集める努力をした。そしてやがてわかったのだが、彼はこの会社に来たこと自体が不満だったのだ。

大手メーカーにいた彼からすれば、立ち上げたばかりで、海のものとも山のものともわからない携帯電話会社への出向は気に入らなかった。現在と違い、90年代初頭の携帯電話は「バブル時代の徒花商品」といわれ、一部の人だけが使う特殊な道具と思われていたのだ。

早く出向元に戻りたい彼としては、ここで成果を上げて余人をもって代えがたい存在になっては困る。早く追い返されるよう、あえて働かないようにしていたのだ。家庭内にも問題を抱えていて、そのため早く東京に帰りたいという事情もあったようだ。一方で、わりと淡々としたシニカルな性格の人で、東京にさえ帰れれば、自分の評価が下がったり、ポストが格下げになったりすることも、あまり気にしない感じだった。

社長に「彼は使いものにならない」と進言

この手の高学歴インテリ系の、しかもいい年をした一流企業の社員は、自分の価値観や家庭の事情も含めた「本音」については、よほど追い詰められない限り、自分からは吐露しない。それよりも「皮肉屋」になって、賢げな外見を取り繕いながらサボるほうを選択する人が圧倒的に多い。

こうなるともう、目指している方向が違う以上どうしようもない。もちろん説得するという手もあるだろうが、事業の立ち上げという忙しい時期に、たった一人のために使える時間は限られている。それに背景事情を知れば知るほど、彼はまさに性格とインセンティヴに忠実に行動しているとしか思えない。

結局、彼については、タイミングを見計らい、彼に起因する明確な失策が表面化したときに、トップに直訴することにした。社長に「かくかくしかじかの理由で、彼は使いものにならない」と進言し、出向元に帰ってもらうことにしたのだ。

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