こんな話もあります。木曜会議での雑談中、志村さんがジャック・レモン主演の映画『おかしな夫婦』について話をしてくれました。田舎の夫婦がニューヨーク旅行中にさまざまなトラブルに巻き込まれるドタバタコメディです。私は志村さんの話を聞いてどうしても見たくなり、自分でも取り寄せて数週間後に見たら、おっしゃるとおりに面白かった。
私は1年半で番組を離れ、数年後に雑誌の企画で志村さんにインタビューする機会を得ました。そのときに好きなコメディの話になって、「西条君さ、ジャック・レモンがツイてない夫の役をやる映画、なんだっけ」とおっしゃった。さらに数年後、中村勘九郎(故・十八代目中村勘三郎)さんの番組にゲスト出演して、影響を受けた作品の話をしているときも、「ジャック・レモンがニューヨークに行く話なんだけど、題名は何だったかな……」とお話ししていました。志村さんほどコメディを真剣に見ていた芸人はいませんが、映画マニアの方とは違って、あくまでもコントのために見ていた。だから映画の中身は覚えていても、題名が飛んでしまうんですね。
見るものすべて聴くものすべてをコントに取り込んでいく
見ていたのはコメディだけではありません。志村さんにとっては、ホラーやサスペンスも研究対象でした。『加トケン』では、リアルな映像とギャグを組み合わせるという実験的な試みもしましたが、映像のカット割りにはコメディ以外の映画の技法を参考にしていました。ドリフ時代にさかのぼると、ソウルミュージックに造詣が深かった志村さんは、ひげダンスや早口言葉の音楽を自分で選曲していました。見るものすべて聴くものすべてをコントに取り込んでいく、まさに生粋のコント師でした。
お酒を飲みに行くのも、息抜きのためだけではなかったと思います。志村さんは一部のベテラン作家を除き、スタッフを飲みに誘うことはほとんどありませんでした。ただ、田代まさしさんやダチョウ倶楽部の上島竜兵さん、後年は千鳥の大悟さんなど、目をかけている共演者とはよく飲みに行かれていました。なぜ演者を誘うのかというと、きっとコントに必要な呼吸をプライベートでも合わせておきたかったからでしょう。志村さんにオンとオフはない。24時間すべてがコントのためにあったのです。
その後、『バカ殿』の台本会議で久しぶりにご一緒しましたが、コントを考えるときに発するヒリヒリした空気はまったく変わっていませんでした。
一方で、コンプライアンスの強化や予算削減が進む環境に合わせたりして、毎週同じ舞台の下町ドラマ風の設定でコントをするなど、時代に柔軟に合わせていくしなやかさもお持ちでした。志村さんがお元気だったら、コロナ禍の時代にどのような笑いを届けてくれたのか。それがもう見られないことが残念でなりません。
お笑い芸人
1950年生まれ、東京都東村山市出身。付き人を経てザ・ドリフターズに加入後、『8時だョ!全員集合』で「東村山音頭」などで人気を博す。「バカ殿様」「変なおじさん」などのキャラクターも愛される、日本を代表するコメディアン。2020年3月、死去(享年70)。