まず確認ですが、一軍は何をしても許される存在です。クラス替えの後、はじめて一軍になった生徒が「もう本当に何でもできて超楽しい!」と話し、実際に思うままに振る舞い、そしてクラスの空気を作っていったように、「一軍は善」であり何でもできるのです。

その反対に、三軍には発言権がありません。クラスの方針を意のままに操れる一軍とは対照的に、その存在感は皆無に等しいわけです。だから、一軍の意思やその時々のクラスの空気によって、容易にいじめのターゲットにされてしまいます。

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さて、学習塾の生徒が所属していたクラスでも、先ほど紹介した実体語・空体語のメカニズムが機能し、クラスを支配している空気が維持されていました。一軍が三軍に心無いあだ名をつけた(実体語)としても、それは決していじめだとは認識されません。「三軍だから仕方がない」といった空体語が生じることで、「一軍は善。何をやっても許される」という空気が保たれるのです。

それどころか、「中指を立てた画像を送り付ける」「三軍のターゲットだけクラス会に呼ばない」といった酷い仕打ちさえあったようですが、「三軍は生きる価値ないし」などという空体語が瞬く間にクラス内で生じ、やはり空気は維持されていたようです。

膨れ上がった空気は、破滅するまで消えない

外から見ればいじめにしか思えない数々の悪行も、その空気の下では掟を守った普通の行動に過ぎないため、どうしても加害者意識を持ちにくい。悪意のない悪事を止めるのは難しく、一軍は向かうところ敵なしの感さえあります。

しかし、この世の春を謳歌していたかに見えた一軍にも危機が訪れます。

自らが作り上げた空気「一軍は善。何をやっても許される」が自分たちに降り注いだ結果、一軍から三軍に転落する生徒が現れだしたのです。「何をやっても許される」の掟通り、気に入らない行動をした一軍の生徒を、他の一軍たちが罰してしまったわけです。

その罪状は、一軍同士の会話を二軍や三軍の生徒に漏らしてしまったという、相当に些細なことでした。この会話は一軍内の秘密であるという空気があったにもかかわらず、その空気を読み間違い外部に漏らしてしまったのです。

こうなると、もはや同じ一軍と言えど仲間とは言い難い。自分は安全と思っていた一軍たちにも、他の生徒と同様に転落の恐怖が襲います。

最終的に、一軍同士の仲間割れによって空気は消滅します。対等な敵が現れた一軍は絶対的な存在ではなくなり、必然的に一軍は絶対とする空気もなくなったのでしょう。

空気が膨れ上がり、支離滅裂な方向に組織が進んでいっても、破滅的な事態に発展するまでは終わらない。かつて日本を国難に陥れた事件と、何ら変わらない構造が見て取れます。