価格競争は悪い競争になることが多い

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いい競争の条件

低価格戦略でも、圧倒的な低価格を実現するには知恵と能力が必要である。そこまでのコスト削減は小売業者だけでは難しい。アパレル産業で垂直統合型SPAが生まれたのはそのためである。家電では、小売り主導の垂直統合は難しい。かつてダイエーが家電メーカーを買収して垂直統合を試みたことがあるが、成功はしなかった。

低価格競争は悪循環に陥ってしまうことが多い。小売業者が低価格で戦おうとすると、メーカーに対する価格交渉力を高めていく必要がある。そのためには量をまとめなくてはならない。量をまとめようとすると、ますます低価格を訴求せざるをえなくなる。こうして価格訴求の悪循環が起こってしまう。

しかも、いったん交渉力を獲得してしまうと、それに安住して、メーカーの努力ばかりが要求され、自らのオペレーションの効率化が怠られてしまう。小売業者の能力も高まらず、低価格戦略に頼らざるをえなくなってしまう。かつてのダイエーは、この罠に陥って苦労した。

高度成長期の日本の家電メーカーは、系列販売店網をつくっていた。系列小売店が主流を占めていた時代には価格競争は熾烈ではなかった。最近もニッチ戦略をとるメーカーの中には、量販店に依存せず直販戦略をとっているところがある。ネット時代になって、垂直統合の戦略が再び注目を集め始めているようである。再び系列店が脚光を浴びる時代がくるかもしれない。

このように考えると、競争には、いい競争と悪い競争とがあると考えたくなってしまう。常にそうだとは言わないが、価格競争は悪い競争になることが多い。それでは、いい競争とはどのようなものか。そのヒントを与えてくれるのは、伝統産業である。

長い歴史を持つ地場産業では、業界が低価格競争に陥らないようにする慣行が生み出されている。単純な模倣を許さない地域社会のルール。業者の間の上手なすみわけを要求する地域社会の慣行。

たとえば、ユダヤ人が入ってくるまでのドイツの商業都市の内部では、生産者や商人は上手にすみわけをして競争は起こらなかったといわれている。値段を下げることは下品なことという価値観さえあった。しかし、このようなすみわけが暗黙の談合をもたらすこともある。それが顧客の反発を招いたのでは、いい競争とはいえないだろう。ニュルンベルクの街では、商人や職人たちは、競争を仕掛けてくるユダヤ人商人を街から追い出したが、住民は、ユダヤ商人たちが移り住んだ隣町まで買い物に出かけたという報告もある。

競争戦略を立案するに当たっては、自社にとっての利益だけではなく、それがもたらす競争の質についての配慮も必要である。