何かと見栄を張るのも、あの世界独特の美学だ。元のサイズの歯を入れればいいものを、なぜかワンサイズ大きめにしてしまう人がいる。そういう人に限って、老いを隠すために日焼けサロンに通ったりするので、ステータスどころかフィリピンのポン引きがいっちょ上がりとなる。
本人は「いい笑顔」と思って微笑みかけてくれるのだが、黒い肌と合わせるとどう見ても「ピアノの鍵盤」だ。元プロ野球選手の清原和博氏や、新庄剛志氏の歯を見るたびに、私はつい、あっちの世界を思い出してしまう。
2016年にはテレビなどで活躍していた美人女医が、指定暴力団組長と共謀。虚偽のレセプト(診療報酬明細書)を作成し療養給付金をだまし取った詐欺容疑で逮捕された。
だがレセプトの改ざんは黒い世界の専売特許ではない。かつて都内で大手新聞社社長の親族が歯科医院を経営し、レセプトを改ざん。内部告発に基づいて週刊誌記者が取材したところ、歯科医がこれを認めた。ところが記事化直前、新聞社社長から出版社社長に「依頼」があり、記事は止まったのだ。
暴力団規制の影響で「貧富賢愚」が二極化している
歯科の療養給付金のルールには、どう考えても非合理的なものがある。たとえばスケーリング(歯石除去)がそれだ。一日で上下の歯、両方をやると療養給付金が下りない地域がある。患者としては嫌々ながらも数回にわたって治療を受けなければならない。
痛覚神経が集中する歯に刺激を与えるのは拷問にほかならない。それはスケーリングも然り。どれほど無痛を売りにしていても、毎日歯医者に通いたいと願う人はいないだろう。患者の苦痛を和らげる、善意ある歯科医が損をするのは、どうにも納得がいかない。
さて極道界で「務め」と言えば刑務所だが「ナカ」では歯科検診など一部の歯科治療は一応、無料でも受けられる。だが、虫歯を「削る」「埋める」という上等なものではなく痛み止めや、抜歯という原始的な荒業だ。11年の暴力団排除条例全国完備の影響で、新入暴力団員は激減。極道界にも深刻な高齢化が訪れている。老齢の貧困暴力団員にとっては、この程度の特典でもありがたいということで、「務め先」によっては数カ月待ちの状態だとか。
何かと粗暴なイメージの強いヤクザだが、暴力団規制の影響で「貧富賢愚」が二極化している。「富賢」のほうは常に最先端のビジネスを行う。
足が付きにくいということで、黒い資本の多くは現金だ。一般企業が銀行から融資を受ける場合、社内や銀行の審査など多くの時間が必要だが、暴力経済は電話一本で億の金を借りることができる。担保になるのが「焦がしたら殺される」という恐怖だ。暴力経済の真骨頂とは競争相手がいない分野にいち早く参入し、このような「早い金」で市場を独占してしまう点にある。