さらに、20世紀に登場したストラヴィンスキーの『春の祭典』やバルトークの「弦楽四重奏曲第4番」など、和声学を崩壊させた曲作りが世の中に発表されていき、いわゆる現代音楽の時代の幕開けとなるのです。
特にドビュッシーは、「ジャズの父」とよばれるほどに、音楽に新たな和声の切り口を提案しました。そして、そのドビュッシーの影響を強く受けたモダンジャズを代表するピアニスト、ビル・エヴァンスが「和音の転回」という手法を駆使しはじめたことで、モダンジャズはいよいよ盛んになっていくのです。
ジャズの世界で不協和音が積極的に使われるようになる前夜、じつはクラシックの作曲家たちによる革新が先行しておこなわれていたという事実には興味深いものがあります。
ポップスやロックが引き継ぐ音楽的系譜
それでは、21世紀の現在、私たちが日々、耳にしているポップスやロックミュージックは、いったいどんな理論に基づいて作曲されているのでしょうか?
意外に思われるかもしれませんが、かつてクラシックの巨匠たちが「もう飽きた!」と一蹴した、あのラモーによって18世紀に確立された和声学に基づいているのです。つまり、オーソドックスなクラシック音楽の基準によって指定された協和音の感覚(旋律への美醜の意識)に基づいて、現代の曲作りがおこなわれているわけです。
一周回って元通りのような、ちょっとふしぎな現象が、なぜ生じているのでしょうか?
じつは、文化的な背景がきちんとあります。18世紀に確立された和声学は、当時のクラシック音楽のみならず、さまざまな民族音楽にも影響を与えました。やがて、ヨーロッパ各地の伝統民族音楽——ケルト音楽からブルターニュ音楽、ブルガリアン・ヴォイスとよばれる女声合唱からイタリアのカンツォーネまで——が、和声学の影響を受けて変化していきました。その過程では、個々の伝統民族音楽において使用されていた民族楽器が、18世紀以降に誕生した新しい楽器に置き換えられていく、ということも起こりました。
現代のロックミュージックやポップスは、良くも悪くも和声学の影響を多大に受けた伝統音楽から派生した枝葉の先に位置づけられます。したがって、あたかも連綿と続く遺伝子のように、18世紀の和声学の影響を深く受け継いでいるのも、ある意味で自然な流れといえるのです。