天使の歌声、ため息をきっかけに浮上を
窓の外を見てもいい、夜の冷たい風に当たってもいい。そこに冴えた月が見えたら、ベッリーニ作曲の『ゆかしい月よ』をレナータ・テバルディの天使の歌声で聴いてみてほしい。
この曲は愛する人を思い、月を見ながら歌う内容である。私を支えているのは、未来にある希望だけだと、天使の声があなたを勇気付ける。さらにいいのは、一番の終わりの歌詞がsospiroであるところだ。ため息である。
ここでテバルディの声と一緒にため息をつくといい。はぁ。もう一息。はぁ。もうそろそろいいころだ。最後のため息で、一区切りできそうな気がする。大丈夫、自分はこうして、いつもまた立ち上がって来られたのだから、と。
前向きになるためのバッハ
落ち込んで、暗くなってしまった心が少し緩んできたところで、次にしなければならないのは、いつもの自分を取り戻すことだ。いつまでも自分を責めていても、何も進まない。平常心を取り戻したいなら、やはりバッハである。当コーナーで「眠れないときに効くクラシック音楽」というテーマでもご紹介したバッハは、規律正しさと落ち着いた気持ちを与えてくれる作曲家である。
前向きになれるバッハといえば、『フランス組曲5番』、さらにはジーグの部分である。ジーグは軽快だ。この軽やかな音の連なりを耳で追うと、心の影を少し薄めてくれる。この曲を聴くころには、気分がかなり持ち直してきたことに気がつくだろう。
ラストは、笑えるオーケストラ
最後に元気を出そう。ここは、ダニー・ケイである。
いつの世も、どんなときも、ユーモアこそが元気と勇気と幸せを運んでくれる。クラシック音楽の世界にも、ユーモアはある。いや、悪ふざけがすぎるといわないでもらいたい。今大切なことは、堅苦しい講釈ではなく、素直に笑えることなのだから。
ダニー・ケイは1911年生まれの、アメリカのコメディアンである。しかも楽譜が読めない指揮者として、多くの演奏会を行なってきた。中でも、サッカーの試合で必ず耳にするヴェルディ作曲のオペラ『アイーダ』の「凱旋行進曲」のコンサートは傑作である。通常、指揮者はお客様に背中を向けてオーケストラを指揮するのだが、それでは指揮者の表情が見えないでしょうと、客席のほうを向いてダニー・ケイが指揮をするのである。その際にオーケストラの演奏者は、音を外したり、音程を狂わせたりしてわざとヘタに演奏しながら、指揮者(のコント)に合わせていくのである。
コントを世界屈指のオーケストラが真剣に作り、最後は圧巻の演奏で終わるという最高のエンターテイメントで、かつ芸術性を失わない演出を見てしまったら、笑うしかない。「何やってんの?」とおかしく思えたら、大成功。落ち込んでいた気持ちから十分脱出できているはずだ。ありがとう! ダニー・ケイ! ありがとう! ニューヨークフィル!
クラシック音楽だからといって、肩肘張らずに聞いてみてほしい。そこにまた新しい一面を発見し、そしてその芸術を自分なりに楽しみ、利用すればいい。クラシック音楽にはそんな懐の深さもあることを、このコントが教えてくれるのである。
・カタルーニャ民謡・カザルス編曲『鳥の歌』
・ショパン『バラード1番』
・ベッリーニ『ゆかしい月よ』
・バッハ『フランス組曲5番 ジーク』
・ヴェルディ『アイーダ』より「凱旋行進曲」