では、美しい文字とは何でしょうか? 皆さんはお手本のような文字を思い浮かべるかもしれません。でも、私は誰もがお手本のような文字を書かなくてもよいと考えます。まず目指すべきは「読みやすい文字」「相手に心地よく読んでもらえる文字」。それこそがその人にとっての美しい文字だと思うのです。手書き文字に書き手のクセは付き物ですが、ある程度であればそれは個性であり、持ち味になります。

そう考えると、過度のクセ字、つまり「読めない文字」が悪筆ということになります。悪筆には、(1)文字の空間がつぶれている、(2)中心線が揃っていない、(3)勝手につなげたり、省略したりしている――といった特徴があります。

(1)は字形の問題です。文字には、線と線で囲まれた空間がありますが、それらの空間がつぶれていると、文字をきちんと読み取ることができません。(2)は文字が並んだ場合、整列していないので行が蛇行したように見え、読みにくくなります。(3)は自己流の崩し字によく見られます。行書や草書の基本的なルールに則らないで、文字と文字をつなげたり、文字の点や画を勝手に省いたりすると、判読できなくなります。

そして、それらを続けていると、悪筆はひどくなっていきます。「脳内文字」が読めない文字に書き換えられていくからです。脳には字形を記憶する領域があって、文字を書くとき、その領域の字形データを再現するよう、手を動かす筋肉に脳から指令が出されています。文字を初めて習った子どものときは、お手本に近い文字が書けたという人も多いでしょう。

ところが、大人になるにしたがって、文字を書くときに悪いクセがついていき、その悪筆の字形データが脳に上書きされ、丁寧に書こうと意識しても美しい文字が書けなくなってしまうのです。自分が悪筆だと思う人は、まず文字を書いてみて、どんな欠点があるのかを確認してください。