社会復帰した人の情報が欲しい

闘病中にインターネットでいろいろと調べていたとき、本当に困ったのは、治療の辛さとか亡くなった人の情報ばかりで、病気を乗り越え社会復帰した人たちの情報がなかったことでした。治療内容よりも、それからどうなったのか、どうやって会社に復帰したのか、など、その後の情報を知りたかったのです。

実は、こうした先人の情報は闘病中の患者にとっては何よりの希望の光です。同じ病気で社会復帰したロールモデルがいることがわかれば、辛い治療を乗り越えられる希望になるのです。

だから、患者と家族が情報を共有できるコミュニティサイト「5years」(http://5years.org)をつくりました。5yearsでは、患者さんが病歴、治療内容、リハビリ歴、復帰歴、現在の状況など、自分の経験を掲載できます。辛い気持ちの人はそれを表現してくれてかまいません。ハンドルネームや匿名でもかまいませんし、掲載する情報は、患者さんが限定して見せたい人だけに閲覧してもらうことができるようにもなっています。家族やサポーターも情報の公開条件が選べます。情報の扱いには特に注意を払ったつくりにしてあります。登録料は無料です。

昨年3月の開設以来、これまで(4月18日現在)に965人が登録しています。登録している患者さんには、会社員や自営業者、パートの主婦やアルバイトの学生、がんになった医者や看護師、年金生活者などさまざまです。ニートもいます。まさに社会の縮図ですね。5yearsの情報を閲覧することで、治療法、病歴、年齢、性別、職業など、自分と同じような人を見つけてもらって互いに励ましあえたり、自分のロールモデルになる人を見つけて目標にしてもらったり、勇気が持てるようになってくれれば本望です。予備校に行って同じ試練を経験している受験生同士のように、お互いを身近に感じて頑張れるような場になってほしいと思っています。

何事も“トレードオフ”で、失うものもあれば、得るものもあります。

私は、がんを経験したことで、弱い人の立場がわかるようになりました。闘病中、青信号の間に横断歩道を渡り切れなかったことがありました。昔はヨボヨボ歩いている人の気持ちがわからなかったけれど、今では頑張ろうとしても体や心が頑張れないこともあるのだと理解できるようになりました。

がん患者が普通に扱ってもらえる社会をつくりたい。5yearsの活動をもっと広げて、がんを経験しても人生は下り坂じゃないことを社会に示し、がん患者が普通に社会復帰を果たせる、そんな世界を目指しています。

5years 代表 大久保淳一(おおくぼ・じゅんいち)
1999年シカゴ大学MBA修了。同年~2014年まで米国投資銀行ゴールドマン・サックスに勤務。2007年精巣がんと間質性肺炎を発症。10ヶ月に及ぶ入院、手術、抗がん剤治療により奇跡的に一命を取り留める。2008年同社に復職。2013年サロマ湖100kmウルトラマラソンに復帰。2015年サロマ湖100kmウルトラマラソンでは、がん発症前の記録を塗り替え、自己ベストタイムを更新した。著書に『いのちのスタートライン』(講談社)。
(田中響子=取材・構成)
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