左遷は社員にとって本当にチャンスなのか?
日本では、欧米と異なり、新卒一括採用が中心である。新入社員は、毎年同期として同じスタートラインにつく。会社は一体感を求め、社員は、同期よりも遅れたくないので横並びの競争意識が強い。これが左遷の感情を生みやすい。同時に、長期の安定雇用、年功制賃金などの特徴も内部競争を促進しがちである。
欧米の企業では、個別の仕事が個々社員と結びついているので、そもそも定期異動が存在しない。欠員がでたときに補充すれば足りるからである。
定期異動で多くの社員を一斉に動かすというのは、社員と個別の仕事との結びつきが弱く、対象の社員が同等な能力があることを前提にしている。少し極端に言えば、「能力平等主義」とでも呼ぶべき考え方が、組織にも個人にも垣間見える。このような日本独特の雇用システムの中に、左遷を呼び込む理由が存在している。
本書の中では、左遷を契機に改めて自分を見つめ直した人を数多く紹介している。40代半ばに支店長とソリが合わずに、関連会社に出向になった銀行員が、歩き遍路の魅力に目覚めて、退職後は、お遍路文化の普及など多方面で活躍している実例などだ。
左遷をチャンスに変えた人には、いくつかの共通項がある。第1は、左遷体験の中からヒントを見出していることだ。左遷に遭遇することは「会社とは何か」「自分と組織との関係」を深く考える機会であり、新たな発想を生む可能性をはらんでいる。
また左遷の心情には、強者の論理とでも呼ぶべきものが含まれている。本人は人事異動が不満で左遷と思うかもしれない。しかし多数の人たちはその異動先の会社でずっと働いている。彼らの心情を顧みず、不満をかこつだけでは変化は呼び込めない。自らの出世や利益を中心に考える「自己への執着から」、一緒に働く仲間や家族などに対する「他者への関心に」価値観が移行する必要がある。
左遷は地中に埋められた原石のようなものだ。それを発見して磨き上げるためには、左遷自体やその背景にある会社組織のことをよく知ることだ。くわえて自分自身に正面から向き合うことが求められる。
病気、会社の破たん、大震災や事故に遭遇するなどの挫折や不遇な出来事も左遷と共通した性格を持っている。そのため左遷ときちんと対峙できれば、イキイキした人生にもつながってくるものと信じている。
1979年 京都大学法学部卒業後、大手生命保険会社に入社し、人事・労務関係を中心に、経営企画、支社長を経験。勤務と並行して、「働く意味」をテーマに取材・執筆・講演・大学講師に取り組む。朝日新聞beにて、「こころの定年」を1年余り連載。15年に定年退職。『人事部は見ている。』(日経プレミアシリーズ)、『働かないオジサンの給与はなぜ高いのか』(新潮新書)など著書多数。16年2月、『左遷論』(中公新書)を出版。