手話は「インフラ」と認識を
このとき、一緒に聴覚障がい者のキャスターと全国を旅行したことが、大木に大きな影響を与えた。聴覚障がい者は旅行ひとつするのに、鉄道の駅員に気軽に質問もできないし、ホテルで別々の部屋に入ってしまうと、彼を呼び出すのに呼び鈴も電話も通じない。これでは緊急事態の時、110番や119番通報さえ簡単にできないとわかって、大木は遠隔地から使える手話通訳サービスが必要だと痛感した。
いったん始めたら、中途半端にはできない。かえって聴覚障がい者に迷惑をかけてしまう。年中休みなく、質が高いサービスを長く続けるにはボランティアでは難しい。そこで、営利企業として収益を上げながら、スタッフを雇用するため、起業することにした。
その準備として2008年にシュアールグループを創業、翌年、大学3年生のときに株式会社シュアールを設立した。
設立から5年経ち、大木が世界で始めてスタートさせた手話ビジネスが少しずつ軌道に乗り始めた。2012年にはアメリカに本部を置き社会起業家を支援する「アショカ」という団体から助成を受け、東アジアで初めて大木は支援対象となるアショカ・フェローに選出された。さらにアメリカ「フォーブス」誌が毎年選ぶ30歳以下の世界30人の社会起業家にも選ばれた。
2013年10月には遠隔手話通訳サービスのコールセンターを福岡市にも開設。神奈川県内2カ所に続いて3カ所目となった。だが、全国の手話方言をカバーするにはまだまだ足りない。大木は今後も各地の手話通訳士を採用しながら、コールセンターを増やしていくつもりだ。
さらに、東京オリンピックに向けて、世界の通訳者とも連携を拡大しなければならない。大木が望む聴覚障がい者が聴者〈健聴者)と対等に生活できるインフラづくりはまだ緒に就いたばかりだが、確実に社会を変えつつある。
(文中敬称略)
●代表者:大木洵人
●創設:2009年
●業種:遠隔手話通訳サービス、手話辞典などの運営・制作
●従業員:8人(パート含む)
●年商:非公開
●本社:神奈川県藤沢市
●ホームページ:http://shur.jp/