前身は、現在の会長兼個人筆頭株主の滝崎武光氏が1974年に兵庫県尼崎市で創業したリード電機という会社だ(※1)。80年代半ばに、本社を大阪府高槻市に移転した。鍵(キー)と科学(サイエンス)を合成した現在の社名「キーエンス」に改名したのも、この頃である。翌87年に大阪二部市場、89年に東京二部市場を経て、90年に両市場の一部に昇格した。
企業としてユニークなのは、銀行借り入れはもちろん、社債も一切発行しておらず、有利子負債がゼロとなっていることだ。なぜ、こういう戦略に辿り着いたのかを知る手掛かりは少ないが、2009年7月に伊藤邦雄一橋大学教授(当時)が日本経済新聞に寄稿した『経済危機下の起業――経済教室』はヒントになる。「わが国でも失敗を糧に大成功をもぎ取った例はある。例えば、キーエンスの創業者、滝崎武光会長はかつて2度会社を倒産させた。その後失敗しない経営を考え抜き、今日の独特の事業モデルを築き上げ、巨大企業をはるかに上回る企業価値を創造した」と記しているのだ。
メガバンクの1つも、「当時は、会社の負債を経営者が個人保証するのが慣例になっていた。滝崎会長も以前経営した会社の破綻の際に、個人保証の履行に大変な苦労があり、その経験から無借金経営を標榜するようになったのではないか」とみている。
無借金経営を可能にしているのは、高い競争力と利益率である。製造工場を持たないことで設備投資コストを節減できる「ファブレス経営」とともに、カタログプライスから値引きをしないことによって高い利益率を維持する「コンサルティング営業」を実践しているのだ。前期も売上高営業利益率(売上高に対する営業利益の比率)は46.1%と、ライバルのファナック(37.1%)やオムロン(7.0%)のそれを大きく上回った。
長年、利益の内部留保に努めていることも見逃せない。前期の配当性向も、ファナックの30%やオムロンの27.%に対し、キーエンスは5.2%しかない。無借金と内部留保の積み重ねの結果、前期末の株主資本比率は95%もある。手元資金(現・預金)も1137億円と膨大だ。常に前期並みの販売費・管理費が必要だと仮定した場合、25カ月以上に渡って売り上げがゼロでも会社が存続できる計算になる。一見、財務体質は盤石と言えよう。