地下壕で女性、米兵を虐殺
「第5坑口周辺では、虐殺行為が起きていたことも証言から明らかになっています。精神疾患に冒された女性が連れて来られて、みんなの見ている前で殺害されたといいます。現在の那覇市おもろまちを舞台に激戦が繰り広げられたシュガーローフの戦いで、捕虜となった米海兵隊員を処刑したことも米側の記録でわかっています。第5坑口は海側を向いていて、艦砲射撃を受けやすい場所にありました。その反対側にあったのが第3坑口で、近くに司令官室がありました。牛島満司令官はすぐに逃げ出せる場所にいたのです」
米軍は、1945年4月1日に沖縄本島に上陸し、第32軍司令部がある首里を目指して侵攻した。日本軍の陣地を次々と突破し、激戦の末にシュガーローフを攻略。5月21日には首里防衛の最後の砦である運玉森(西原町・与那原町)を占領した。米軍の猛攻により、首里陥落は確実な情勢に追い込まれていったのである。
5月22日、牛島司令官は首里を放棄し、本土決戦を遅らせる時間稼ぎのため、南部への撤退を決定する。27日、第32軍は首里から摩文仁司令部への撤退を開始する。この間、第32軍は機密書類を敵の手に渡すまいと焼却処分を行った。
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